映画を通して同性婚の論争に勝利したリベラル
西部開拓時代、荒野を切り開いたカウボーイはアメリカ人にとって野性的で、勇敢な男性の象徴だ。だからこそ、西部劇はあれだけアメリカ人の心を摑んだのだ。『ブロークバック・マウンテン』の舞台となった西部の山岳地帯は、そんな彼らの心のふるさととも言うべき場所でもある。
つまり本来なら、最も保守的な異性愛者の男たちが暮らす世界を、監督のアン・リーはあえてこの映画の背景に選んだ。
そして、まったく異なる愛の形をそこに持ち込み、保守的な価値観を持つ人々がそのギャップに耐えられるかを試すかのような作品に仕立ててみせた。
まるで水と油を中和させるかのような、舞台装置の演出について、アン・リー監督は次のように語っている。
「他者に対して寛容であること、あるいは自分の未知の領域に関してもオープンでいられるか否か。そして内なる“恥”の部分とどう向き合うか。
この映画で動揺してしまうのは別に悪いことだとは思わないけど、でもイニスとジャックの情熱を受けとめられる正直さと勇気は持ってほしい」(「キネマ旬報」2006年3月下旬号)
保守派からの強い反発も予想されたが、蓋を開けてみれば上映禁止になったのはユタ州の映画館、たった1館のみだった。
作り手たち―すなわちリベラルの作戦がひとまず成功したということだろうか?
正しさは、保守派の偏見を突き崩し、彼らを黙らせたのだろうか。
対立はひとまず妥協を見た。だが、アメリカの寛容をめぐる議論はここから複雑さを増していくことになる。
丸山 俊一
NHK エンタープライズ
エグゼクティブ・プロデューサー