社長が口にした「3年後の事業承継」
■事業承継に向かって
支援2年目になると、社長が「3年後の事業承継」を口にしました。事業を継がせる子どもがいないので、現在の幹部に内部承継をしたいというのです。そこから支援の方向性を「幹部5人が経営者チームとして3年かけて成長する」ことに変更しました。3年というのは、社長自身の成長も考慮しての期間です。
事業承継は「本気の覚悟の交換」です。「きちんとした会社」を目指して、組織が機能するための「きちんとした運営形態」を整える必要があります。まずは幹部が自らの職責を果たせる仕組みをつくることになります。
この会社の場合、抱えている構造的な問題は幹部が自分自身の売上で評価されていることでした。これでは本当の管理職とはいえません。管理職は部門全体、部下の売上・業務貢献で評価されて初めて職責を果たせます。そのため、報酬・評価制度を見直す必要もあります。そこで事業承継を成功させるために、5つのステップに分けました。
▶STEP1 継いだあとに果たすべき約束、条件を徹底的に明確化
これを見て怖じ気づくような幹部であれば大切な会社を渡すことはできません。また現社長もここで示された条件の範囲であれば、後継社長の経営についていっさい介入しないことを約束します。
赤字と黒字の許容ライン、社員と幹部の育成を図ること、株主がすべての経営数字を閲覧する権限を有すること、社内を明るい雰囲気で維持し風通しの良い会社にするように努力を続けることなど、さまざまなことを取り決めました。
▶STEP2 社長になりたい人を募集する
STEP1で決めた条件を幹部に開示し、社長になりたい人を募集します。社内から候補が現れるのか事業売却するのか、外部から社長人材を連れてくるのか、いったんここで意思決定を入れることにしました。
▶STEP3 社長を継がせる条件の明確化
STEP2の立候補者も無条件で後継社長になれるわけではありません。次の3年間で、条件をクリアした人になってもらいます。その条件とは部門の売上を部下が上げられるように指導・育成すること、新規事業展開や売上向上を実現させること、部門間の関係性の質の向上、自身のEQ力(こころの知能指数)の向上、などです。
また残念ながら現在の幹部は、体系だったマネジメントの仕組みがないなかで「幹部としての感覚」が育っていません。そのため、「事業承継のタイミングできちんとできていないと思われる幹部は1年後にチェックして降格する場合がある」としてクリア条件を明確化しました。これによって「社長候補だけが頑張ればよい、私は関係ない」という状態をつくらないようにします。
▶STEP4 後継社長になる修業を3年間経験する
後継者の修業を効果的にするには、情報開示と意思決定の二つの要素が必要です。後継者の意思決定がSTEP1で合意された範囲内なら、どれだけ未熟と感じられてもいっさい口出しせずに見守ることが現社長の修業となります。
「成功から学ぶより、失敗から学ぶほうが何倍も身につく」と言われている人材育成理論を、双方が真剣に受け止める期間です。
3年間のロードマップ:
1年目→ 基本的に今までどおり社長が経営判断を行うが、経営判断の理由、判断基準を後継者候補に丁寧に説明する。
2年目→ 後継者候補に経営判断、問題解決を任せる。社長は口出しせず、相談事もすべて「Aさんに相談しなさい」と返す。
3年目→ 社長は出社回数を減らしていく。後継者候補からの相談も「随時」ではなく「定期的(月に2回など)」に受けるようにする。
▶STEP5 社長のイスを渡す
STEP4で十分に修業を積んだと思われる場合、Xデイを決めて社長を引き継ぎます。取引先や銀行を招待して盛大にやるとよいと思います。
「創業社長」と「後継の雇われ社長」とは決定的に違う点があります。それは「すべてを自由にできるか」と「決められた範囲と条件のなかで自由にできるか」ということです。
日常の業務範囲を超えた大きな経営判断や経費の使用などは基本的に創業社長(株主)の合意が必要となりますが、あまり細かく頻繁に口出しをすると、後継者のやる気と経営者意識が削がれていく可能性が高くなります。
事業承継を成功させるためには創業社長が「自分がやったほうが早くて良い結果を出せる」という気持ちを封印し、後継社長に任せて良かったと思える日がやってくることを深く信じる姿勢が求められます。
森田 満昭
株式会社ミライズ創研 代表取締役