戸籍上の記載だけで「ゼロか100か」決まってしまう
寺門:木野先生、離婚時の財産分与や、不貞の慰謝料請求においては、そのご夫婦の婚姻期間の長短で金額が変わるじゃないですか。遺産分割調停において、今回のように婚姻期間が極端に短いからという理由で、配偶者の取得分を少なくすることはできないのでしょうか? どう考えてもおかしな状況ですし。
木野:寺門さん、鋭いご指摘です。確かに紛争の内容によっては、夫婦の婚姻期間が「もらえる金額」を左右することもあります。でも残念ながら、相続においては、婚姻期間の長さや、夫婦仲がどうだったか、別居中かどうかなどは全く考慮されずに、戸籍上の記載だけでゼロか100かが決まってしまうんです。調停になっても、本人が「1日しか夫婦じゃなかったから100分の1でいいです」などと譲らない限り、法定相続分である2分の1をもらう権利があります。
寺門:百ゼロ! だからよく、冷え切った夫婦関係でも、「嫌な旦那でも我慢して、死んで遺産や遺族年金が入るのを待った方がいい」と言う人もいるんですね。
さくら:私の場合、あの男と遺産分割の話し合いをする際に、どんな点で相手方と対立することが予想できますか?
木野:そうですね。再婚相手の俊輔さんからは、もしかしたらさくらさんの「特別受益」、つまり、さくらさんがお母様から生前贈与を受けたことがあれば、それを遺産の中に含めて計算せよとの主張が出るかもしれません。
さくら:母が病気の告知を受けた際、「私がいなくなったら、これからの生活の足しにしなさい」と、300万円もらいました。離れて暮らしていましたし、将来のことも心配してくれたのでしょう。あの男の前で渡されました。でも、これって親子なんだから当然といえば当然な気もするので、私から何か反論はできないのでしょうか?
木野:一応、寄与分が考えられますが、お母様の財産形成に貢献したといえることはありますか?
さくら:私は昔から手先が器用なので、何年も前から月に1回、母にネイルをしてあげていました。ネイルの相場は1回8000円前後です。また、病気になってからはヘアカットもしてあげていました。美容院なら5000〜6000円するんじゃないでしょうか? 母はショートカットだったので、こちらも2か月に1回はしていましたよ。料理が苦手な母のために、作り置きも数え切れないほどしています。お手伝いさん代わりだったと言ってもいいくらいです。
木野:とても素敵なエピソードですが、金額的にはずいぶん細かいお話のようですね。でも一応、言ってみたらどうでしょう? 「法的に認められないかもしれないから言うのは我慢しなさい」という弁護士もたくさんいますが、私は「悔いのないよう、言いたいことは全部言ってみましょう。ただし、ダメ元ですよ」というスタンスです。
さくら:ありがとうございます! ダメ元でも主張したいです。ところで、母とあの男が夫婦なら、私もあの男の娘になるのですか? あの男が死んだら、相続できるのでしょうか?
寺門:それは「親の再婚あるある」で、よく誤解される話ですよね、木野先生。
木野:はい。親の再婚相手とは、養子縁組手続きをしない限り、当然には親子関係は生じないので安心してくださいね。
さくら:あ〜、よかった。私にはあの男と親子関係になるなんて耐えられませんから。
寺門:今回のケースは深く考えさせられました。お祖母様や伯母様は、自分の娘、妹の死を目の前にして、「せめて最後は好きな人と夫婦にさせてあげたい」という気持ちで、婚姻届にサインをしてあげたのでしょう。しかし、その安易な気持ちが大変な事態を招いてしまいましたね。
相続に「離婚・再婚」が及ぼす影響をよく考えて
家族問題を扱っている専門家のひとりとして、「情」と、「資産」や「権利」を守ることは切り離さなくてはいけないと、常々考えさせられます。今回もそのケースでした。
家族が余命宣告をされたからといって、いきなりエンディングノートや遺言書を書いてくれとは言いづらいでしょう。また、そんな最中、相続の勉強をしましょうとも言えません。実際に不可能でしょう。だからこそ、繰り返しになりますが、相続について、元気なうちに学び、対策を講じて欲しいと思います。特に「離婚×(再婚×)相続」では将来的にどんなことが起こるのか、注意深くシミュレーションする必要があります。
寺門 美和子
AFP/上級プロ夫婦問題カウンセラー/相続診断士/終活カウンセラー/公的保険アドバイザー
木野 綾子
弁護士/上級相続診断士/家族信託専門士/終活カウンセラー
小川 実(監修)
税理士/上級相続診断士/終活カウンセラー
図版:秋穂 佳野