「再婚自体が無効だとして、争うことはできる?」
木野:弁護士の木野綾子です。確かに大変な事態ですね。単にパートナーへの金銭的なお礼なら、「遺言書」「生前贈与」「保険金」など、別のやり方もあったのに、なぜお母様はよりによって「結婚」という形を取ったのでしょうね。「養子縁組」や「隠し子」もそうですが、ほかの家族に内緒で家族を増やすというのは、心情的に受け入れられないものです。さくらさんのショック、お察しします。
さくら:お恥ずかしいのですが、母は恋多きロマンチストでした。特に、今回は私が大反対していたので逆に燃え上がってしまったのかもしれません。
寺門:木野先生、さくらさんのお母様には驚きましたが、今回のようなケースはよくあるものなのでしょうか?
木野:珍しいケースだといえます。逆パターンの例として、熟年夫婦ですでに離婚が決まっていて、あとは離婚契約書に双方の弁護士が同席して調印するだけだったのに、その調印予定日の前日に夫が病死したというケースを扱ったことがあります。お子さんのいないご夫婦でしたので、離婚成立と死亡の前後関係次第で兄弟の相続分が大きく変わることになり、たちまち「争族」に発展しました。
寺門:えー! そんなこともあるのですね。戸籍上夫婦か否か、たった1日で相続の権利が変わってしまうのですものね。今回のケースも、お母様が再婚さえしなければ、さくらさんが全財産を取得できたわけです。そもそも、お母様が俊輔さんと結婚したこと自体が無効だと、争うことはできないのでしょうか?
さくら:そう、それですよ! 木野先生、今、落ち込んでいる祖母たちのためにも、私はそうしたいです!
婚姻の無効について、考えられる争点は「3つ」
木野:遺言無効や養子縁組無効と同じように、婚姻無効を主張して争うことも確かにひとつの考え方です。今回の場合は3つの観点が考えられます。
①実際の婚姻届を市区町村から取り寄せて筆跡等を確認すること。本人の筆跡でなければ、そこから争うことが考えられます。
②病院から医療記録を取り寄せたり、さくらさん自身の記憶やメモから、婚姻届を出した当時のお母様の病状を明らかにすること。意識朦朧として、判断能力のないまま婚姻届にサインしたという場合には、無効になる場合があります。
③実質的な夫婦共同生活をする意思があったかどうか。先ほどの2つは遺言や養子縁組の無効を争う際にも共通でしたが、これは結婚特有の観点ですね。
さくら:先生、母は危篤に近い状態だったんです。もちろん退院の見込みなどないのですから、「夫婦共同生活」などできるはずはないですよ。そんな意思、母にもあの男にもなかったと思いますよ。
木野:ただ、お母様と俊輔さんは、それまで同居していたようなので、そうした経緯が重要視されることもあり得ます。婚姻無効を争う場合には、調停や訴訟で決着をつけることになりますが、婚姻届の証人欄にお祖母様や伯母様のサインがあるということなので、まずはこのお二人に相談してからの方がよいのではないでしょうか?
寺門:そうですね。相続というものは、法定相続人以外の親族も巻き込んでしまうので、意見を無視すると親族離散に繫がります。ここはていねいに慎重に進めた方がよいでしょう。木野先生、やはり最終的には、さくらさんと俊輔さんが遺産分割協議するしかないのでしょうか?
さくら:母の相続のことで、あんな大嫌いな男と話し合いをするなんて気が重いです。私、できるかな? 感情的になってしまいそう。