(写真はイメージです/PIXTA)

政府は黒田東彦日銀総裁の後任に、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示しました。それまで有力とされていた雨宮正佳副総裁から一転、植田氏が新総裁となった日銀について、「黒田体制の頃にはなかった“2つの好条件”が揃っている」と、株式会社武者リサーチ代表の武者陵司氏はいいます。いったいそれはなんなのか、詳しくみていきましょう。

中庸の植田氏、黒田異次元緩和に理解

政府は黒田東彦日銀総裁の後任に、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示した。衆参両院の同意を経て内閣が任命することになる。

 

これまで長らく本命視され、事前の日経報道で政府からの打診が報じられた雨宮正佳副総裁は「今後の金融政策には新しい視点が必要」との考えから固辞したと伝えられている。

 

市場の関心は、植田氏が黒田氏の異次元の金融緩和を墨守するリフレ派なのか、それともそれに反対するタカ派なのかだが、植田氏はその中庸を行く人物と思われる。

 

8年にわたる日銀政策委員としての実務経験に基づき、特定の理論で整理できるほど経済や金融の現実は単純ではなく、局面に応じて有効な理論やツールを柔軟に応用するべき、という持論を持っている。

 

その柔軟で慎重な現実主義は、2000年(速水総裁)、2006年(福井総裁)の2回にわたって利上げに反対したこと、時間軸効果(フォワードガイダンス=緩和を長期間続けるという約束が、緩和効果を高めること)のような非伝統的政策を推進してきたこと、などから明らかである。

 

植田氏は日経新聞の『経済教室』で「日本における持続的な2%インフレ達成への道のりはまだ遠い」「金利引き上げを急ぐことは、経済やインフレ率にマイナスの影響を及ぼし、中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標の実現を阻害する」としつつも、「予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みは、どこかで真剣な検討が必要だろう」と述べている(2022年7月6日付)。

黒田氏が直面した2つの困難

①日本病と伝統的金融政策の無能化

黒田日銀体制は、日本経済の危機的状況の下で出発し、異次元の金融緩和、イールドカーブコントロールという、過去の常識から大きく離れた革命的政策を繰り出した。

 

黒田総裁が就任した2013年3月は、東日本大震災や欧州債務危機の直後で、家計も企業も悲観一色であった。世界中で日本だけがデフレであり、超円高でハイテク企業がことごとく競争力を失い、6重苦が日本企業の収益力を著しく蝕み、株価も不動産価格も消費者物価も、世界のなかで日本だけが下落を続けていた。

 

これを各国エコノミストやメディアは日本病(Japanification)と呼び、FRBやECB、BOEなど先進国の中央銀行は、戦うべき最大の病、と考えていた。

 

また伝統的金融緩和政策は明らかに限界に達していた。金融政策は信用創造を通して総需要に影響を与えるものであるが、銀行の先に借り手はいなくなり銀行融資のコントロールというチャンネルは働かなくなっていた。

 

また、金利はゼロに張り付いており更なる利下げの余地はなくなっていた。日本の経済と金融は、元FRB議長バーナンキ氏がリーマンショック後に量的金融緩和を導入したとき以上の手詰まり状態であり、脱デフレ、経済成長軌道の復元のためにはまさに金融政策の革命的手法が必要であった。

 

②強烈な政策批判

異次元の緩和政策は、伝統的政策に固執する日銀OB、学者、エコノミストとメディアからの総批判を浴びた。そもそも日本のデフレは大恐慌型のスパイラルではなくマイルドな「デフレ均衡」であり、少子高齢化の下では甘受するしかないものであるとの風潮が蔓延しており、デフレ脱却に対する国民的合意が形成されていなかった。

 

それなのに安倍政権はまだ白川総裁時代の2013年3月に、日銀にデフレ脱却の圧力をかけて「政府と日銀の政策協定(アコード)」を締結させたが、その強引な手法に対する反発が経済論壇に修復不能の溝を作ってしまった。

 

安倍政権批判に凝り固まった左翼メディアは、アベノミクスの中核である黒田日銀の革命的金融政策を、半ばイデオロギー的に批判し続けた。

 

この強烈な日銀政策批判は、アベノミクスは失敗し日本病脱却は果たせないとするものであるから、予定調和的に人々の後ろ向きな経済行動を促進することでアニマルスピリットを圧殺し、自己実現的に政策の効果を奪った。

 

それは2度にわたって実施された消費税増税とともに、経済パフォーマンスを悪化させ、2%インフレターゲットの実現を阻み続けたのである。

 

かつて量的金融緩和を推進したECBのドラギ総裁はドイツのマイナス金利批判に対して「代替策のない全否定は受け入れられない」と述べたがそれは日本国内の日銀批判にこそ当てはまる。

 

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※本記事は、武者リサーチが2023年2月14日に公開したレポートを転載したものです。
※本書で言及されている意見、推定、見通しは、本書の日付時点における武者リサーチの判断に基づいたものです。本書中の情報は、武者リサーチにおいて信頼できると考える情報源に基づいて作成していますが、武者リサーチは本書中の情報・意見等の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。かかる情報・意見等に依拠したことにより生じる一切の損害について、武者リサーチは一切責任を負いません。本書中の分析・意見等は、その前提が変更された場合には、変更が必要となる性質を含んでいます。本書中の分析・意見等は、金融商品、クレジット、通貨レート、金利レート、その他市場・経済の動向について、表明・保証するものではありません。また、過去の業績が必ずしも将来の結果を示唆するものではありません。本書中の情報・意見等が、今後修正・変更されたとしても、武者リサーチは当該情報・意見等を改定する義務や、これを通知する義務を負うものではありません。貴社が本書中に記載された投資、財務、法律、税務、会計上の問題・リスク等を検討するに当っては、貴社において取引の内容を確実に理解するための措置を講じ、別途貴社自身の専門家・アドバイザー等にご相談されることを強くお勧めいたします。本書は、武者リサーチからの金融商品・証券等の引受又は購入の申込又は勧誘を構成するものではなく、公式又は非公式な取引条件の確認を行うものではありません。

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