※画像はイメージです/PIXTA

アメリカに資産を保有する方が亡くなり相続が発生すると、「プロベート」という手続きが必要になります。この手続きには1年以上もの時間がかかるだけでなく、莫大な費用の発生、州によっては死亡者・相続人の名前がインターネットで全世界に公表されるといった欠点があります。具体的な回避策を見ていきます。国際法務に精通する中村法律事務所の中村優紀代表弁護士・大木峻弁護士が解説します。

莫大な費用と時間を取られる「プロベート」の手続き

アメリカに資産を有したまま亡くなったときに適用されるアメリカの相続手続、プロベート。プロベートの費用が莫大になるリスクについては、拙稿『アメリカ在住の親族が死亡…現地の相続手続き「プロベート」における現地弁護士の報酬目安』で詳述しました。

 

しかし、プロベートは費用が莫大になるだけではなく、非常に時間がかかる上、個人情報が公開されるというデメリットもあります。

 

裁判手続であり、現地弁護士の選任、裁判の期日設定、証拠書類の準備・翻訳、日本の相続人への説明・承諾…等々に1年以上の時間がかかりますし、州の中にはプロベート手続の進行状況をインターネットで公表しているため、亡くなった方の名前や相続人の名前がインターネットで全世界に公表されることもあります。

 

このようにプロベートには「高い、長い、公開される」という欠点があり、もちろんプロベート中には財産を処分することもできません。

 

「自分は、日本に住んでいるし、アメリカにあるのは銀行口座や証券口座だけだから、関係ないでしょ」と高を括っている方。残念ながら日本に在住されている方であっても、アメリカの銀行に口座を有したまま亡くなると、アメリカ所在の財産として、その口座もプロベートの対象となってしまいます。

プロベートを回避できる「POD」とは?

そのため、プロベートを回避できる法的手続を、生前から準備することをお勧めします。

 

まず、1つ目が、預金口座に関するPOD(Payable On Death:死亡時支払制度)です。

 

PODは、預金口座の所有者の死亡時に、プロベートを経ることなく、あらかじめ指定した受取人((Beneficiary)に預金を譲渡できる制度です。この制度を使えば、アメリカでの手続的な負担を免れることができます。

 

なお、受取人は、必ずしも相続人に限られません。ご家族以外の方や団体を受取人にすることもできます。

◆PODの具体的な手続

PODは、以下のステップで手続をすませることができます。裁判所の利用等は全く必要なく、銀行での手続のみです。

 

①POD設定の具体的手続 

 

銀行によって手続きが異なります。

 

まず、日本居住者の方が多く利用されているユニオンバンクの場合です。

 

日本国内からの手続だけで完了です。ご自身がアメリカに行く必要はありません。必要な手続は、「POD formの記入→銀行への提出」。以上です!

 

次に、Bank of Americaの場合です。

 

アメリカ内の支店に赴いて手続をする必要があります。支店では、本人確認のためのパスポート提示、Formへの記入を行います。受取人(Beneficiary)は同席不要ですが、Formには受取人もサインをする必要があります。手続き自体は10分程度で済みます。手続費用は無料です。

 

ユニオンバンクは、三菱系ということもあり、電話で日本語対応もしてくれるので、日本人の方からは概ね好評のようです。

 

②PODを利用した相続の方法 

 

こちらも銀行によって異なります。例えば、弊所でJPMorgan・Chase銀行のPODによる受取りをお手伝いさせていただいたことがありました。その際には、銀行よりドル建ての小切手でしか預金を受け取れないと伝えられ、弊所で小切手の現金化についてもサポートした上、実際に受け取ることができました。

 

このケースの場合、PODによって受け取る側も、アメリカの銀行に口座を持っていれば、JPMorgan・Chase銀行も預金を送金する形で受け取れるように対応したのかもしれません。しかし、依頼者の方は日本在住で、アメリカの銀行に口座を開設するのは困難であったため、小切手の方法となりました。

 

もっとも、小切手を利用した方法でしたが、時間自体はかからず、数週間で小切手が日本に送られ、依頼者の方は現金を手に入れられています。

プロベートを回避できる「TOD」とは?

2つ目は、PODに似た制度で、TOD(Transfer On Death:死亡時譲渡制度)です。

 

PODは預金口座についてですが、TODは株や債券といった証券口座に関するプロベート回避方法となります。

 

TODもPODと同じく、プロベートを経ることなく、あらかじめ指定した受取人(Beneficiary)に証券口座にある株や債券等を譲渡できる制度です。この制度を使えば、アメリカでの手続的な負担を免れることができます。

 

こちらも、受取人は法定相続人に限られません。ご家族以外の方や団体を受取人にすることもできます。

 

◆TODの具体的な手続

①TODの設定の方法 

 

証券会社によって異なりますが、基本的にはPODと同じく、口座をお持ちの証券会社にFormを提出することになります。

 

②PODを利用した相続の方法 

 

こちらも証券会社によって異なります。

 

弊所でVanguardのTOD受け取りをお手伝いしたことがありました。アメリカでは、税制上優遇のある個人年金制度の1つとして、個人退職口座(IRA)で株や債券の運用をされる方が多くいますが、このケースは、米国に帰化した親族が亡くなったところ、親族の方が株や債券を運用していた個人退職口座の受取人に指定されていた、というものでした。

 

PODは、現金を受け取るというものですが、TODは株や債券を受け取る形になります。Vanguardの場合、一時的に譲渡先の証券口座をVanguardに開設することを求められましたが、口座開設後直ちに現金に清算され、日本に送金されました。

PODとTODを活用して円満な相続に

以上、PODとTODについて説明してきましたが、それらを事前に設定しておけば、「高い、長い、公開される」というデメリットを抱える、預金口座や証券口座へのプロベートを回避できます。

 

弊所ではプロベートになってしまった案件も多く取り扱っていますが、遺族の方々は本当に苦労されています。残される方々のためにも、ぜひ、PODとTODを上手く活用して円満な相続を実現していただければ幸いです。

 

なお、POD、TODに共通する留意点として、相続税(アメリカは遺産税)が適用されること自体は変わりませんので、節税になる手続きではないことはご認識ください。

 

※こちらの原稿内容は執筆時点のものです。法改正、制度変更等の最新情報は、アメリカの法律・税務に詳しい専門家にご相談ください。

 

 

中村 優紀
中村法律事務所 代表弁護士
ニューヨーク州弁護士

 

大木 峻

中村法律事務所 弁護士

 

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