バーディパットが「カップ手前で止まりやすい」ワケ
ゴルフのプロ選手たちなら(あるいは彼らに近い実力を持っている人なら)、誰もがプレー中に頭から離れない、損か得かの基準となる数字があります。
それが「パー」です。パーかどうかは大きな違いで、現実世界でこれほど誰の目からも明らかな参照点は珍しいとも言われています。
パーとは、ボールをカップに入れるまでの基準となる打数で、各ホールで設定されています。ボールをカップに入れるまでの打数が、パーよりも1打多ければボギー、1打少なければバーディと言います。
つまり、バーディだったら「利得」で、ボギーだったら「損失」です。
スコア自体がパーを基準(0)にプラス、マイナスといった具合に扱われることがあるほどで、いやが応にも目につくようになっています。
さて、これを基準に損失回避を考えてみましょう。もし、あなたがグリーン上でパーパットに臨むとき、そのパットを外せば「損失」が確定します。でも、バーディパットだったらどうでしょう? 外してもまだ「0」で済み、損失は出ません。
ゴルフのスコアはただの数字ですが、損失回避の考えに則(のっと)れば、スコアを1つ損することでの悲しみは、スコアを1つ得することでのうれしさを上回ります。
したがって、プレイヤーは、パーパットを外す場合の1打のショックが大きい分だけ、損失を是が非でも避けようと、集中してプレーに臨むかもしれません。
この損失回避の特性は、他にもプレイヤーの心理に様々な影響を与えると考えられます。たとえば、パーパットで、もう外すわけにはいかない状況では、多少のリスクもいとわない可能性も考えられるわけです。
研究結果からみえた「実際の傾向」
ゴルフで解釈してみたものの、実際のところ、どうなのでしょうか。答えを尋ねに、デヴィン・ポープ氏とモーリス・シュバイツァー氏の研究結果をひも解いてみましょう。
2人は2004年から2009年のPGAツアーの239トーナメントで、421選手が打った実際のパットのデータ(約250万パット)を分析しています。
このデータでは、グリーン上のどの位置から打ったかが1インチ以内の誤差のレベルでレーザー測定されています。
そのため、同じ人が同じグリーンの全く同じ場所からパーパットを打った場合と、バーディパットを打った場合との傾向の差を比較できるわけです。分析で見えてきた主な傾向は次の通りでした。
●バーディパットは、パーパットのときより2%ほど成功率が下がる
●パーパットを外したときより、バーディパットを外したときは、カップの手前にボールが止まる傾向が強い
●トーナメントの日程が進むほど、パーパットに対するバーディパットの成功率低下の効果も弱まる
ゴルフに詳しい人にお断りしておくと、主要な傾向は「パットがうまいかなどのプレイヤーの能力の違い」や、「グリーンやホールの特性」「以前のパットで学習していた可能性」「過信や緊張などの心理的効果」を考慮に入れてみても、やはり認められるものと考えていただいていいようです。
ちなみに、バーディパットの成功率低下は分析対象となった選手の94%に認められました。
さて、バーディパットとパーパットの成功率の差は2%ほどですが、トッププロの集(つど)うツアーともなれば4日間のうちに多くのバーディパットを打ちます。分析の中では平均45.1回のバーディのチャンスがありましたので、パーパットのように打たなかったおかげでのスコアへの悪影響は、大体スコア1つ分です。
では、なぜバーディパットは失敗するのでしょう?
カップの手前で止まりやすいというのは、消極的あるいは保守的なプレーをしているということになります。つまり、儲けの局面でリスクを避けた結果と考えてもいいわけです。もちろん、オーバーしてしまえば次のパットに影響してしまう、という可能性に配慮したのかもしれません。
ただ研究者たちによれば、次のパットの成功率上昇の効果は、バーディパットを緩く打ったせいでの成功率下落の効果には打ち勝てないようです。
最後に、プロスペクト理論の難しい点を紹介しておきます。
なぜ日程が進むほどパーは意識されないのでしょうか。分析によればバーディパットの成功率低下の効果はツアー初日に4%ほどあると推計されています。
これが参照点の難しいところで、「心の中で基準として参照されるものが、いつどのように変わるかわからない」のです。つまり、“目に見えたものがすべて”の認知システムが、人の行動の一貫性を崩すわけです。
ちなみに研究者たちの解釈は、「最終日に近づくほど、パーよりもライバルのスコアが大事になったのではないか」ということです。