本連載は、國學院大學教授で税理士の小宮山隆氏の著書『税務調査の実例40』(法令出版)の中から一部を抜粋し、8つの事例を挙げて、「法人税・消費税」の税務調査の実態を納税者目線で解明・追及します。

組織的に架空人件費を計上し、遊興費等の資金に

事例① 人材派遣業の事例

 

今回は、実在が疑わしい派遣社員について、聴取中の不審な行為をきっかけに、派遣先工場に移動し機動的に調査して、架空人件費を把握した事例を紹介する。

 

調査法人は、大手自動車メーカーの工場に対して人材派遣を行っており、赤字申告であったが、同規模法人に比べて人件費率が高く、また、代表者の生活が派手であるとの風評があったことなどから調査対象に選定した。

 

無予告により、事務所内の現物確認を行った際、派遣社員の出欠表示をしている名札のうち、当初欠勤の表示となっていた者が、勤務状況等を聴取している間に出勤の表示に変わっていた。その行為に不審を抱き、直ちに派遣社員の派遣先工場へ臨場して実在の有無を確認したが、当該派遣社員はいなかった。

 

この点について、調査法人の現場責任者に対し説明を求めたが、他の現場に行っているなど曖昧な回答に終始し、さらに派遣社員の名札を隠すなどの不審な行動をとった。

 

そこで、その実在が疑わしい派遣社員の関係書類を確認したところ、すべての者について、

 

①給与が現金決済されていること

②住所が調査法人所有の社員寮であったが、寮費の徴収がなされていないこと

③派遣先へ送迎する配車表に名前が記載されていないこと

 

等の事実を把握した。

 

これらの事実を基に、代表者を厳しく追及した結果、電話帳から無作為に抽出した数十名の氏名を利用して架空人件費を計上し、捻出した資金を高級腕時計や貴金属等の高額品の購入や遊興費等に充てていた事実を認めた。(名古屋国税局)

巧妙な手口を、税務調査官はどのように見破ったのか?

人材派遣とは法令上の「労働者派遣」のことで、労働者派遣法(※1)によると、労働者派遣とは「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」(2条一号)と定義されている。

 

(※1)一般的に労働者派遣法と呼ぶ。平成24年10月1日改正により従来の「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」が改称された。この改正で労働者派遣法の目的も「派遣労働者の保護等を図り、もつて派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とする」と明記され、派遣元及び派遣先に対する制約がさらに増えた。

 

つまり、①人材派遣会社(派遣元)に登録している、②派遣労働者(派遣社員)を、③事業所(派遣先)に派遣し、派遣社員は派遣先の指揮命令の下で派遣先のために仕事をするのである。

 

派遣元と派遣社員との雇用関係が常に結ばれている状態にあるのを「定常型派遣」といい、派遣先があるときのみ雇用関係が生じる状態にあるのを「登録型派遣」という。

 

なお、人材派遣は業務請負とは違うものである。業務請負では、労働者(請負った会社と雇用関係を結ぶ社員)は注文主である企業(注文企業)で仕事をするものの、労働者に対する指揮命令は請負った会社が行う。つまり、注文企業は請負った会社の社員である労働者に直接指揮命令できない。これが人材派遣と業務請負とが大きく異なる点である。

 

本件調査法人は「大手自動車メーカーの工場に対して人材派遣」を行っているが、その形態は分からない。おそらく「登録型派遣」であろう。大手自動車メーカーに現場責任者を置いているが、この現場責任者は派遣社員の管理のために調査法人(派遣元会社)の社員が常駐しているものと思われる。

 

人件費率とは、一般に、売上に人件費(役員給与+従業員給与+福利厚生費)が占める割合のことである。

 

申告内容の分析では、この人件費率のほかに、一人当たりの売上金額などの比率を加え、複数事業年度の比率と比較検討し、さらに同業同規模他社とも比較検討する。

 

その結果、本件調査法人は、同業同規模法人に比べて人件費率が高いことなどの理由で調査対象に選定されたのである。分析検討結果からすれば、①架空人件費の計上、②売上金額の除外、③リベート支払の仮装などが想定されるが、派遣先が大手自動車メーカーの工場であることから、調査のポイントを①に絞り込んでいたと思われる。

 

本件調査において税務署は、その想定からして、実在が疑わしい社員(実在しない社員)を把握するのではなく、実在する社員を把握することに集中しようとするはずである。その方が効率的である。

 

この場合、どこに臨場して調査をするかであるが、大手自動車メーカーの工場を選択するのは難しい。なぜならば、派遣社員は派遣先の工場内で派遣先の指揮命令の下に仕事をしているわけだから、基本的に、取引先に無予告臨場をすることはしない。

 

そうすると、臨場先は、調査法人の事務所を選択することになる。調査法人への臨場調査を経て、派遣先に臨場するというのが順当な調査展開である。

 

次に、調査法人事務所に予告して臨場するか、無予告で臨場するかであるが、架空人件費の計上が想定されているのであるから、調査法人事務所に無予告で臨場するのが妥当である。

架空計上を見抜けなかった顧問税理士にも問題が…

本件事例では、調査法人の事務所での調査中に、「派遣社員の出欠表示をしている名札のうち、当初欠勤の表示となっていた者が、勤務状況等を聴取している間に出勤の表示に変わっていた」ので、「その行為に不審を抱き、直ちに派遣社員の派遣先工場へ臨場」したとしているが、表示が変わらなかったら派遣先工場に臨場できなかったというと、そういうことではない。

 

そもそも、架空人件費の計上にねらいを絞って調査を展開しているのであるから、調査担当者は、様々な場面で派遣先工場へ臨場するきっかけを数多く見出しているはずである。つまり、表示が変わったことは、それら色々なきっかけのうちの一つに過ぎないであろう。

 

また、現場責任者が「曖昧な回答に終始し、さらに派遣社員の名札を隠すなどの不審な行動をとった」のであるが、これも同様に数多いきっかけの一つに過ぎない。

 

ところで、大手自動車メーカーの工場側に架空人件費がらみでリベート等を受け取っていた者がいたかどうかであるが、いたとしてもおそらく調査法人の代表者が全部被り解明できなかったと思われる。

 

仮に、そうだとすると、支払ったリベート等には、使途秘匿金課税(租税特別措置法62①)が行われると思う(支出額の40%の法人税が別に課される)。最後に、本件の場合、顧問税理士がいるとすれば、架空人件費の計上を見抜けなかったことにも大きな問題が潜んでいる。

 

<本事例のまとめ>

 

①申告内容を分析し、架空人件費の計上を、調査のねらいにしている。

 

②調査中に派遣社員の出欠表示が変わっていたことを、派遣先工場へ臨場するきっかけにしている。

税務調査の実例40

税務調査の実例40

小宮山 隆

法令出版

日々淡々と行われている税務調査…本書では、所得隠し(脱税)の手口の実例を、誠実な納税者目線で余すところなく解明・追及します。税務職員が学ぶ顕著な事績がこの1冊に詰まっています!

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