納税地に事務所等の実態がない…
事例⑦ 採石・砂利等運搬業
今回は、巧妙に行方を暗まし続ける代表者を長期間にわたり追いながら、複雑な金の流れなどを銀行調査から解明して、最終的に調査の協力を得た事例を紹介する。
調査法人は、採石、砂・砂利の運搬業を営む法人である。
過年度から蓄積した資料情報等から稼働無申告法人であることが想定されたが、納税地に事務所等の実態がなく、代表者住所へ臨場するも短期間に転居を繰り返す等巧妙に行方を暗ましていたため、代表者と面接することができず、長期間にわたり無申告の状態が続いていた。
そのため、代表者居宅等の把握を最優先とし、把握している代表者住所等を定期的に外観調査するとともに、銀行調査等を入念に実施した結果、新たな代表者住所を把握するに至った。
新たに把握した住所地に臨場したところ、代表者は暴力団の関係者であることを誇示し、威圧的な態度をとり続け、調査に応じる姿勢をまったく見せなかった。しかし、威圧的な態度にひるむことなく、毅然とした態度で「臨場の趣旨」、「申告の必要性」等を粘り強く説明した結果、調査の協力を得ることができた。
代表者の気持ちが落ち着いた頃を見計らい、居宅内の現物確認調査を実施したところ、直近の原始記録及び法人名義の預金通帳を把握したほか、多額な入金がある代表者名義及び借名の預金通帳を把握した。
代表者に説明を求めるも、曖昧な回答に終始したため、徹底した銀行調査を実施したところ、調査法人に帰属すると想定される複数の預金口座を把握し、資金の流れを解明するに至った。
上記事実に基づき、代表者を厳しく追及した結果、多額の税額が発生することを認識していながら、原始記録の破棄等による隠ぺい工作を図って申告・納税義務を故意に免れていた事実を認めた。(関東信越国税局)
粘り強い「実態確認調査」で代表者の新たな住所を特定
本件調査法人は「過年度から蓄積した資料情報等から稼働無申告法人である」と想定されている。この稼動無申告法人とは、無申告法人のうち、稼動中でありながら休業等を装って租税を回避している法人のことである。
法人設立届出書等により税務署は法人を把握しており、そのうち申告のない法人が無申告法人である。東京国税局管内の無申告法人の数は12万社に及ぶといわれ、税務署は無申告理由の解明のため、年を通じて書面照会や電話照会、来署依頼や臨場等により接触を図っている。
これらの接触のことを総称して「実態確認調査」と呼ぶが、その結果は大部分が休業中又は清算中の法人である。しかしながら、稼動無申告法人も散見される。
稼動無申告法人であると想定される法人については、さらに実態を解明するための調査を主に統括官が行う。その際、当然納税地に赴く。
この納税地とは、法人設立届出書などに記載されているところの本店又は主たる事務所の所在地である(法法16)。納税地が法人税法に基づく義務の履行(例えば申告や届出)あるいは権利の行使を行う場所になる。
本件調査法人は「納税地に事務所等の実態がなく、代表者住所へ臨場するも短期間に転居を繰り返す等巧妙に行方を暗ましていた」のである。
このような場合、放置することなく、あらゆる手段を講じ接触できるまで長期間に亘っても調査を展開しなければならない。租税法律主義(その中の合法性の原則)の要請並びに誠実な納税者の負託からすれば、許してはいけないのである。
本件事例では「代表者居宅等の把握を最優先とし、把握している代表者住所等を定期的に外観調査するとともに、銀行調査等を入念に実施した結果、新たな代表者住所を把握」できた。
「反社会的勢力の脅し」にも税務署は決してひるまない
本件事例の「代表者は暴力団の関係者であることを誇示し、威圧的な態度をとり続け、調査に応じる姿勢をまったく見せなかった」ようであるが、税務署は決してひるまない。
暴力団などこの種の暴行や脅迫への対応に優れた統括官等が各税務署にいる。「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫」を加える恐れがあるのであれば、公務執行妨害罪(刑法95①)の構成要件の証拠や記録を保全する職員も調査に投下する。
さらに、暴行や脅迫の可能性が極めて高いのであれば、その時、警察官への出動要請ができる体制の下で調査に臨んでいる。
本件事例は、数次に亘り直ちに警察官の出動を要請できる体制を採っていたものと思われる。だからこそ「調査の協力を得ることができ」、また「居宅内の現物確認調査を実施」出来たのだと思う。
次に、一般的に、無申告法人の調査は申告法人の調査と違い、帳簿や原始記録等の作成や保存がない場合が多い。本件事例は「直近の原始記録及び法人名義の預金通帳を把握したほか、多額な入金がある代表者名義及び借名の預金通帳を把握」出来たのであるが、しかし完全ではなかった。
恐らく税務署は、本件調査法人が決算書等の作成をするのを待つようなことをせず、自ら決算を確定させ決定する姿勢で調査に臨んでいるはずである。
税務署側で決算を確定させる場合、損益計算書面では、損金経理をしていることが要件である勘定科目(例えば役員報酬や減価償却費)は反映させない。また、貸借対照表面では、各勘定科目を確定させる場合も、確認できる勘定科目のみを反映し、不明なものは代表者借入金などの勘定で調整することが多い。
稼動無申告法人の調査の中途に税理士が関与することになった場合、税務署側は今後のこともありほぼ歓迎してくれる。
しかし、調査対象事業年度の決算をする時間はそうはくれない。今後とは別な話であるから、多くても1カ月であろう。なぜならば、もともと税務署が自ら決算を確定させるつもりであり、また、調査着手までに投下した事務量は相当の日数に及んでいるからである。
仮に、本件調査法人の関与税理士を引き受けたとして、「直近の原始記録及び法人名義の預金通帳」や「多額な入金がある代表者名義及び借名の預金通帳」があるものの、それらは不完全であるから、各事業年度の所得金額を推計せざるを得ない。
本件調査法人の推計は、推計課税の方法(※1)のうち「純資産増減法」によるのが最善だと思う。この方法では、その事業年度の純資産の増加額を計算し、これからその事業年度中の資本の増減を除外する一方、利益処分としての社外流出を加算することになる。
(※1)推計課税の方法の主なものには、①比率法(例えば、売上金額が判明した場合にそれに特定の比率(同業者率等)を以って所得金額を推計し課税所得を算出する方法)、②効率法(例えば消費電力を用いて推計する方法)、③資産増減法(例えば課税年分の純資産の増加額にその年中の消費金額を加算して推計する方法)、④消費高法(例えば消費生活上の支出金額によって推計する方法)がある。
<本事例のまとめ>
①稼動無申告法人の調査は、統括官があらゆる手段を講じ、接触できるまで長期間調査を続ける。
②税務署には、「暴力団関係者だ」などの威圧的態度への対応に優れた統括官がいる。