売上計上のない工事…請求書は社長が別管理していた!
事例⑥ 土木建築塗装工事業の事例
今回は、帳簿書類等調査と聴取調査を繰り返して、代表者のパソコン内データ調査に発展させ、代表者管理の売上除外分請求書綴りを把握した事例を紹介する。
調査法人は土木建築塗装工事を営む法人である。同業者比較による原価率が高く、売上除外等が想定されたことから調査対象に選定した。
事業概況聴取時において、受注から工事代金請求までの流れを聴取し、帳簿調査を実施したところ、材料費等に計上のある工事のうち、工事売上帳に計上がない現場が多数あるなど不審な点を把握した。
このことについて代表者を厳しく追及したところ「指摘された工事は、工事完了後、発注者から手直し工事を依頼されたものであり、代金の受領は一切ない」との回答を繰り返すのみであり、取引内容を示す具体的な書類の提示がなく、不正に結びつく書類等も把握できなかった。
そこで、改めて、経理担当者等に工事現場の管理から請求書の作成まで、どの段階で代表者が関与しているかなど、詳細に聴取りを行ったところ、現場の人件費等を管理している大学ノートがあること、及び、代表者自らのパソコンで請求書の管理を行っている事実を把握した。
すぐさま、パソコン内データ等の確認の承諾を求めたところ、激しく抵抗し強硬な姿勢をとり続けたが、粘り強い説得を繰り返した結果、ICT調査の実施並びに大学ノートの提出について承諾が得られた。
その内容の検討を行ったところ、パソコン内のデータから工事売上帳に計上されていない見積書及び請求書を把握したほか、大学ノートには、工事売上帳に記載のない工事等の記録が詳細に記載されている事実を把握した。
以上の事実を基に代表者を厳しく追及した結果、代表者は売上除外分の請求書綴りを提出し、除外した売上金については遠隔地の銀行に代表者名義の預貯金口座を作成し、入金させている事実を認めた。(沖縄国税事務所)
「ICT調査」によって、怪しいデータは全て把握される
税務調査は、一般的に、「準備調査」と「実地調査」に区分できる。準備調査では「申告書」「決算書」「事業概況説明書」とこれらを基にして作成された各種分析データや過去の調査歴、資料情報から調査すべき点を絞り込む。
分析データは経営分析といった学問で習うもので、特別なものではない。税務署が利用する主な比率は、
①売上(売上金額の伸長率、一人当たりの売上金額)
②売上原価(材料費率、労務費率、外注費率)
③売上総利益率
④販売費(販売費率、人件費率)
⑤営業利益率
⑥申告所得率
⑦資産(現金預金回転率、受取勘定回転率、棚卸資産回転率)
⑧負債(負債比率、支払勘定回転率)
⑨資本(自己資本回転率、総資本回転率)
などである。その分析方法などは、市販の書籍などで確認いただきたい。
本件調査法人は、「同業者比較による原価率が高」かったのである。売上除外だけをしていたのであるから、材料費率、労務費率、外注費率のいずれの比率も高かったと思う。
つまり、準備調査の段階で、材料費、労務費及び外注費は真実であるが、売上は除外していると予測されていたのである。これが本件事例の調査ポイントであった。
次に、実地調査であるが、通常、①事業概況の聴取調査(事業概況調査)、②内部組織と帳簿組織の確認調査(組織確認調査)、③照合と質問検査の実施(質問検査)、に分けることができる。
①事業概況調査では、調査法人や代表者の方針や価値観等を知り、それを②③の調査に活かすねらいもある。
②組織確認調査では、A:帳簿書類等(種類、名称、保管場所、保存期間など)、B:記帳方法(取引発生から請求と代金回収まで)、そして、C:担当部署等(AやBの担当部署や担当者、牽制システム、報告や連絡など)の検証が行われる。
③質問検査では、帳簿や証拠書類あるいは計算の照合と、質問・検査が行われる。
本件事例においては、材料費等と売上を照合し、「工事売上帳に計上がない現場が多数ある」ことを発見しているが、これは準備調査の段階で予測していた売上除外の事実の一端を把握したことにほかならない。
そこで、代表者に対する質問検査に進んだのであるが、代表者は「指摘された工事は、工事完了後、発注者から手直し工事を依頼されたものであり、代金の受領は一切ない」と、ウソの回答をした。
税務署は、売上除外の端緒を把握しているから、それならばということで組織確認調査に戻り、上記②のAとBの調査を行った。その結果、「代表者自らのパソコンで請求書の管理を行っている事実を把握した」のである。
これを受けて、本件事例では「ICT調査」を行っている。ICT(情報通信技術Informationand Communication Technology)とは、IT(情報技術Information Technology)と同じ意味で、最近は政府の呼称に合わせICTを使っているようである。
ICT調査は、パソコンデータの確認調査である。このデータも「調査物件なのか」について疑問に思われるかもしれないが、紙で保存している書類と同じものである。
個人情報も入っているからとか、プライベートのデータが入っているから(※1)とか、他社に知られては困る秘密情報が入った電磁記録(※2)なので流出を避けたいとか、反論しても無理である。これらのデータも法律上(判例上)、質問検査権の対象になっている。
(※1)法律上、調査官は、メールなども検査(チェック)することができるが、検査が「必要であること」を説明しなければならない。しかし、闇雲に、メールすべてを見せる必要はなく、例えば、不審な取引の担当従業員のメールなどは、その取引にかかるものや、ある程度の期間のものは見せざるを得ない。
(※2)電磁記録(CD‒ROM)の場合、その内容をディスプレイの画面上で確認できる状態にして見せざるを得ない。また、提出を求められたときは、プリントアウトして渡すことになる。状況によっては電磁記録そのもののコピーを渡さざるを得ない(もちろんコピーは調査終了後消去されることになっている)。(国税庁HP掲出「税務調査手続きに関するFAQ」(一般納税者向け)問5参照)
調査法人は、売上を除外し、「除外した売上金については遠隔地の銀行に代表者名義の預貯金口座を作成し、入金させてい」た。
関与税理士はこのことを全く知らなかったのであろうが、月次決算などの際に機械的に作成されるデータを読めば、分かりそうに思う。事務所員に任せるにしても、その仕事を管理し、時には関与先に苦言を呈することも税理士の責務であるとされている。
<本事例のまとめ>
税務調査は、事業概況調査や組織確認調査から始まる。
パソコン内データも調査物件、すなわち質問検査権の対象である。