「歯を失う歯科疾患」の代表格、むし歯と歯周病
2000年代に入ってから、歯周病が糖尿病の数ある合併症のうちの一つであるといわれるようになりました。
以来、歯の疾患と体の病気との関連がいろいろと研究されるようになり、糖尿病以外にも口の中の環境が悪いと悪化してしまう病気があることも分かってきました。
しかし一般の人にはまだよく知られていません。そもそもむし歯や歯周病がどのように発症し進行するかも、よく分かっていない人が多いように思います。
歯は人間の体の中で最も硬い組織で、その強度は鉄を上回るとされています。硬さの国際的な尺度の一つにモース硬度と呼ばれるものがあり、10段階で評価されますが、それによると歯の表面を覆っているエナメル質は7で、鉄は4しかありません。人体の骨も4~5です。このことからも歯はとても硬い組織であることが分かると思います。
そんな丈夫であるはずの歯が、溶かされてぼろぼろになってしまうほどの脅威を与えるのがむし歯と歯周病です。いずれも歯を失う歯科疾患の代表格として知られています。
むし歯が「痛くなくなった」のは、悪化している証拠
むし歯は初期のうちは表面のエナメル質を溶かしますが、ここには神経が通っていないため、痛むことはまずありません。その下の象牙質まで達すると、冷たいものを食べたり歯磨きをしたりしたとき、奥にある神経が刺激され痛みを感じることがあります。さらに深く進むほどに痛みは増し、炎症によって膿がたまって、それが神経を圧迫し、痛みをさらに強めるもとになります。
痛みはこの状態のときがピークかもしれません。というのもその後はむし歯が進行してもかえって痛みが弱くなったり、感じなくなったりする場合があるのです。
腕や足を怪我したときにも、膿がたまって赤く腫れているときはズキズキしますが、膿が出るとすっと楽になります。それと同じように、歯の根元にたまった膿が自然に外へ出て、その膿によって圧迫されていた神経への刺激が少なくなると痛みがやわらぐのです。
毎日絶え間なくズキズキしていたのが、あるときふっと嘘のようにおさまってしまうと、「もしかしてむし歯が治った?」と期待してしまうかもしれませんが、それは大きな誤解です。
残念ながらむし歯は進行性の病気で、自然治癒することはありません。また再生能力もありません。そのため治るどころか炎症がどんどん広がっている可能性のほうが高いのです。
また、むし歯が進行して神経が完全に死んでしまった場合も、痛みはなくなります。しかしむし歯の炎症そのものは、神経が死んでも消滅するわけではありません。
歯科恐怖症(=歯科治療を極度に恐れ、さまざまな拒絶反応があらわれてしまう状態)の人は歯科医院に行けないためにむし歯を10年、20年と放置していることはよくあります。その間、むし歯はどんどん進行していき、歯は原形をとどめていないほど溶けてしまうのです。
歯周病は、「歯肉炎」の段階なら完治可能だが…
一方、歯周病は歯ぐきの内側にある歯周組織と呼ばれる歯の土台に炎症が起こり、溶かされていく病気です。
歯周組織には歯根を覆い歯にかかる力をやわらげる役割を持つ歯根膜や、歯を支えている歯槽骨などがあります。通常これらにも再生能力はありません。歯肉炎という歯周病の手前の状態であれば完治は可能ですが、さらに進んで歯周病になると侵された組織は二度と元の状態には戻らないのです。
ほとんどのむし歯が、歯の表面のエナメル質から中へと進んでいくのに対し、歯周病は歯の根元、歯ぐきの際から起こります。つまり、いきなり土台を壊していくわけです。
木造住宅でシロアリが大量発生し、知らないうちに床下が食い尽くされて家が傾いてしまったという話を聞きますが、歯周病もこれにたいへん似ています。歯周病になるとたとえ歯の見えている部分に異変がなくても、歯ぐきに覆われた土台はシロアリに食われた床下のようにぼろぼろになっているのです。
土台が破壊されてしまえば歯は支えを失いますから、歯周病の進行に伴い歯はぐらつき、ついには抜けてしまうのです。
ちなみに歯周病が進行した口の中は、炎症を起こしている広さが手のひら以上になっているともいわれています。もし腕や足にそれほど大きな炎症が起こっていたら、びっくりしてすぐ医者に行くと思います。
普段、口の中は自分でじっくり見ることはあまりありませんが、歯周病は口の中に大怪我を負っているのに等しい状態といっても過言ではないのです。
山本 彰美
大阪中之島デンタルクリニック 院長