力強い文字で書かれた短い遺言書
ひと月ほど経って、亡くなったご主人の相続人である奥様と長男長女が家庭裁判所からの通知に従って、家庭裁判所に集まりました。呼び出しがあり、私を待合室に残して三人が検認の手続きに向かいます。
検認にかかる時間はほんの五分ほど。裁判官と裁判所書記官が立ち会って封を切り、相続人に遺言書のあった場所や筆跡、印影などの確認をするのです。
ほどなくして三人が戻ってきました。長男長女の後ろに隠れるようにして奥様がハンカチで目頭を押さえています。
「どうでしたか?」
私が尋ねると、長男が持っていた遺言書を手渡してくれました。
「ぜひ、読んでやってください」
ご家族と遺言書に頭を下げ、私は遺言書を封筒から出しました。整った力強い文字で書かれた短い遺言書でした。
そこには、「私の財産はすべて妻に相続させる」というしっかりとした意思が示されており、そのあとに、「世話になった」「ありがとう」という奥様への感謝の言葉が綴られていました。そして、子どもたちには「お母さんを支えてほしい」という希望も添えられていたのです。
「どうやら親父も私たちと同じ考え方だったようです」
長男はそう言って、改めて私に相続の手続きを進めるよう依頼しました。私は亡くなったご主人には会ったことがありません。それでも、その人柄を思い強い感動を覚えました。
相続の仕事をしていると、どうしてもぎすぎすした家族を目の当たりにすることが多くなります。そんな中で、亡くなった人の思いがこれほどしっかりと家族に受け継がれていることは本当に珍しいことでした。
亡くなったご主人は遺言だけでなく、「温かい家族」も残していたのです。相続の手続きをした私の心も温まる一件でした。
株式会社サステナブルスタイル
後藤 光