アパート賃借人「部屋の原状回復工事をしないなら、退出時に払った〈原状回復費〉を返せ!」…主張は通るのか

アパート賃借人「部屋の原状回復工事をしないなら、退出時に払った〈原状回復費〉を返せ!」…主張は通るのか
(※写真はイメージです/PIXTA)

なにかとトラブルがつきものの、アパート&マンションの賃借契約。ある入居者が部屋を退出する際、大家から原状回復費用を請求され支払ったところ、なんと大家は原状回復しないまま物件を売却したことが判明。元入居者は、支払ったお金を取り戻したいと考えますが、可能なのでしょうか。日本橋中央法律事務所の山口明弁護士が法的目線から平易に解説します。

「原状回復費用を取ったのに、工事してない!」

ある賃借人は、借家契約の終了に伴い、賃貸人(大家)から原状回復費用を請求されたため、これを支払いました。しかし、賃貸人(大家)は、その後、原状回復工事を実施しないまま、当該建物を第三者に売却してしまいました。

 

このような場合に、賃借人は、賃貸人(大家)は原状回復工事の費用を負担していないとして、すでに支払った原状回復費用を返還するよう求めることができるのでしょうか?

 

この点について、下級審の裁判例において、賃借人は、賃貸人がその主張する補修工事をしないまま次の賃借人に賃貸しているため、その場合に原状回復は不要であったはずなどと主張した事案で、裁判所は、「原状回復費用は、明渡し時の状態において客観的に算定されるものであり、その後貸主が実際に補修工事を行うかどうかは、算定された原状回復費用に影響を及ぼさないというべきである」と判示したものがあります。

 

確かに、

 

「賃借人が原状回復義務を履行しないときは、債務不履行による損害賠償責任を負う(最判平17・3・10判時1895号60頁〔賃借地に不法投棄した産業廃棄物の撤去義務を原状回復義務として認め、その違反による損害賠償責任の可能性を肯定〕)。」

 

(中田裕康・契約法新版406頁)

 

とされており、債務不履行による損害賠償責任は、金銭賠償で行われるのが原則となります。

 

そのため、賃借人は、賃貸借契約に原状回復義務の定めがある場合などにおいて、賃貸借が終了したときは、賃借物に生じた損傷を原状に回復する義務を負っていることになりますので、この損傷を回復せずに明け渡した場合には、その時点で、原状回復費用について金銭賠償する責任が発生することになります。

 

したがって、上記の下級審裁判例は妥当な判断であると考えられます。

自動車の損傷にまつわる裁判でも、類似の判例あり

なお、同様の問題は、交通事故で自動車が損傷した場合に、現在も修理を実施していない時点で賠償金を請求したという事例でも発生します。この事例においてどのように判断されているのかと言えば、大阪地判平成10年2月24日判決では、

 

「被告らは、原告車両は現在においても修理がされておらず、今後も修理する可能性はないから、損害賠償の対象とすべきでないと主張するが、原告車両が本件事故によって現実に損傷を受けているものである以上、これによる損害は既に発生しているものというべきであり、右主張は採用できない。」

 

と判示しています。また、神戸地判平成28年10月26日判決でも、

 

「原告所有の事故車両〔大型貨物自動車〕の修理費用請求に対する被告の車両修理費領収書の提出がないとの主張に対し、共済作成の証拠から損傷の修理費用451万4400円を要することが認められ、車両修理費の領収書が提出されていないとしても、現実に損傷を受けている以上、損害が発生していることは明らかであるから、被告の指摘は上記判断を左右しない」

 

と判示しています。そのため、交通事故の分野においても、自動車の損傷に係る賠償金を請求する際に、実際に修理をしている必要はないものと解されています。

原状回復費用の支払いと、工事の実施の有無は別の話

以上のことから、賃貸人(大家)が原状回復工事費用を実際に負担していないから、賃借人として支払った原状回復費用を返還して欲しいという主張をすることは難しい場合が多いものと考えられます。

 

なお、賃借人が原状回復義務を負担する範囲は、賃貸借契約の内容によりますが、特別損耗に限られ、通常損耗は含まれないケースが多いため、通常損耗分についての原状回復費用を請求することは認められないという主張を賃借人が行うことができる場面はありますが、そのことと、「賃貸人が実際に原状回復費用を負担していないから、賃借人として原状回復費用を負担しなくてよい」という主張とは別のものであると認識しておく必要があります。

 

 

山口 明
日本橋中央法律事務所
弁護士

 

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