(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

 

「お父さんのせいで私たちは本当に苦しんできた」

遺言書を作成する前日、長谷川さんの身の回りの世話をするため、いつものように長女がやってきました。その日がたまたま二週に一度の決まった日に訪ねてくれる日だっただけで、 長女が遺言書のことを知っていたわけではありません。長谷川さんも遺言書について誰にも話していませんでした。 そのとき、長谷川さんが最近の妹の様子を尋ねたものの、長女は「あまりよく知らない」と答えたのだそうです。長谷川さんがその理由を尋ねると、長女は答えました。

 

「別に仲が悪いって訳じゃないけど、お互いずっと遠慮がちに付き合ってきたからね」

 

そして長女は、それを「お父さんのせいだ」と言ったのです。「お父さんは私たちに差を付けて育ててきたせいだ」と……。 「そんなことはない」と、長谷川さんは反論しました。 しかし、長女は首を振り、それまで姉妹が感じてきたことを話しだしたのです。

 

「どちらが上というような差じゃなかったかもしれない。でも、お父さんは私たちにいろいろな差を付けてきたのよ」

 

子どもの頃の習い事に始まり、進学、就職、結婚。親がいろいろ考えて決めた長女に対し、 次女は何でも自由だった。長女は何でも自由にできる妹が羨ましく、次女は親から大切にされているように見える姉が羨ましかった。

 

「そのせいで、私たちは本当に苦しんできたの」

 

長谷川さんは心外だったと言います。どれも本人たちのことを考えた判断で、それを『差 を付けた』とは思っていなかったのです。

 

「だから、もしお父さんに遺産があるなら、姉妹で折半させてね」

 

長女は、自分が父親の世話をしたことで遺産を多くもらうようなことがあると、姉妹の関 係が悪くなってしまうと考えていたのです。

 

「あのタイミングでそう言われたら、考え直さないわけにはいかなくてね」

 

それでも、長谷川さんとしては、負担をかけた長女に多く残してやりたいという思いが強 かったのだそうです。

 

「でも、遺言書は誰のためのものなのかって考えたんですよ」

 

長谷川さんは自分が死んだ後の世界を思い浮かべたと言います。娘たちだけが生きる世の 中になったとき、娘たちが望む状態で自分が死んでいくほうが、娘たちのためになると考えたのです。自分の死後、二人の娘には仲良く暮らしてほしいと……。 そして長谷川さんは、その思いを付言事項にしっかりと記し、財産は完全に折半するという遺言書を娘さんたちに託したのです。

 

長谷川さんの相続手続きが終わったとき、二人の娘さんが遺言書に手を合わせ、 「お父さん、本当にありがとう」 と、晴れやかな顔で言ったことが、私には忘れられません。 遺言書は残す側の思いだけで作るものではない。 長谷川さんが遺した遺言書は、私にそう教えてくれました。 遺言書とは、残された人の人生を思って作るものなのです。

 

 

株式会社サステナブルスタイル

後藤 光

 

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

家族の笑顔を支える会

扶桑社

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