(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

 

「自分に残された時間はあまりない」…

これは、私がいくつもの遺言書作成に関わってきた中で、遺言書のあるべき形を学ぶことのできたエピソードです。

 

父親の死後、遺言書を見つけた二人の娘さんが私の事務所を訪ねてきました。 亡くなられたのは長谷川さんという方です。あらかじめ私の事務所で遺言書を作られていたのです。

 

長谷川さんの相続手続きはそれまでに私が経験したことがないほど、最初から最後まで和やかに進み、二人は笑顔で帰っていかれました。 二人を見送ったあと、事務員と「これだけ穏やかに済んだのは、あの遺言書があったおかげだよね」と話しました。

 

長谷川さんが残した遺言書は、二人の娘さんの絆を強める素晴らしい内容のものでした。 でも、あの遺言書ができるまでには長谷川さんの大きな葛藤があったのです。 長谷川さんは、住宅型の老人ホームに一人で住んでいました。はじめは奥さんと二人暮らしでしたが、二年前、長谷川さんが九〇歳を迎える直前に、奥さんは亡くなられたそうです。

 

遺言書の作成を依頼してきたとき、長谷川さんは懇願するように言いました。 「娘たちが揉めないような遺言書を残したいんです」 高齢で、持病も抱えているため、誰かの力に頼りたかったのだと思います。 「自分には残された時間はありません。何とかしてもらえますか?」 その言葉に、私は力になってあげたいと強く思いました。

「長女に多く残したい」

二人の娘さんはともに六〇代。長女は結婚後も都内で暮らしていましたが、次女は結婚を 機に地方へ引っ越しています。二人とも長谷川さんのことをいろいろ気にかけてくれるのですが、住んでいる場所のこともあり、長谷川さんは長女により多く世話になったと感じていました。

 

老人ホームに入居する際の身元引受人も長女だったと言います。 「できれば、長女に少しでも多く残してやりたいと思ってるんです」 長谷川さんの財産は預金や株などの金融資産のみですから、分け方は自由です。法律的にも問題はありません。 私は公証人とも相談しながら、長谷川さんの意見を取り入れ遺言書を作成していきました。

 

長谷川さん自身も、遺言書についてとても勉強されていて、本人の自由な気持ちを書き残すことのできる付言事項の文案も用意されていました。そこには、長女に多く残す理由が姉妹も納得できる形で丁寧に記されています。

 

そして、すべての準備が整い、公正証書遺言を作成する日取りも決まりました。長谷川さ んは外出が難しいこともあり、公証人に老人ホームへ出張してもらう手はずも整えました。 しかし、前日になって長谷川さんから「手続きをしばらく保留させてほしい」という連絡が来たのです。 数日後に連絡があり、私は長谷川さんを訪ねました。

 

私の顔を見るなり、長谷川さんは疲れ切った表情でこう言ったのです。 「男親はダメですね。娘の気持ちなんて、ぜんぜんわからない」 そして、長谷川さんはどうして遺言書の手続きを保留したのかを話してくれました。

 

次ページ母と娘の重大な「気持ちのすれ違い」…

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

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