“努力してもムダ”…やる前に諦める「学習性無力感」
自分が何をしたって、どうせ状況は変わらない。努力してもムダ…。もともとやる気がないわけではなく、行動しても結果が出ないことを何度も経験するうちに、やる気を失い行動しない状態を「学習性無力感」と言います。心理学者マーティン・セリグマンが1967年に提唱した概念です。
セリグマンは次のような実験をしました。
犬を2つのグループに分け、どちらも電気ショックが流れる部屋に入れました。Aグループは、スイッチを押せば電気ショックを止めることができます。Bグループは何をしても止めることができません。
これを経験したあとに、両グループを低い壁で囲まれた部屋に入れました。この部屋にはやはり電気ショックが流れるのですが、壁を飛び越えればそれを避けることができます。Aグループの犬は壁を飛び越えて電気ショックから逃れることができました。しかし、Bグループの犬は、壁を飛び越えれば逃げられるにもかかわらず、そのまま電気ショックの部屋にい続けました。
つまり、自分が何をしても電気ショックを止められないと学習した犬は、逃げられる環境になっても行動しなかったわけです。「何をしてもムダだ」とあきらめてしまったのです。
学習性無力感の状態に陥ると、「次は成功するかもしれない」「別の方法で試してみよう」という気が起こりません。やればできることも、行動しなくなってしまいます。
刑務所ではよく聞かれる「プリゾニゼーション(刑務所化)」*によって起こるものと、表面上は似ていますが違います(*プリゾニゼーション…刑務所での生活に慣れてしまい、個性や積極性を失うこと。刑務所に10年も入っているとプリゾニゼーションにより社会生活を送ることが難しくなる)。
プリゾニゼーションは、禁止されることが多く、命令に従っているうちに自分で判断や行動をしなくなるというものです。
一方、学習性無力感は自由な環境でこそ起こります。結果が出ないことを繰り返したせいであきらめてしまうことです。こちらのほうが現実の社会には多いだろうと思います。
「プロセスを褒める習慣」が意欲のある子を育てる
学習性無力感に陥らないためには、やはりプロセスを褒めること。結果がどうであれ「やってみよう」と思ったこと、そして少しでも行動に移したことを褒めます。
たとえばテストに向けて勉強をしている姿を見たときに、「頑張っているね」と声をかけます。難しく考える必要はありません。あ、動いているなと思ったときにポンと言ってあげればいい。行動していることを見ているよ、ということを伝えればいいのです。プロセスに注目して褒めてもらえると、結果が良くなくても「次はもっと頑張ろう」「今度はやり方を変えてみよう」というように前向きになることができます。
もちろん、良い結果に対し褒めることも重要です。しかし、結果のみに注目するのは良くありません。頑張っても結果につながらないことはいくらでもあります。それでもまたチャレンジしようと思える子に育てるためには、プロセスを見て声をかけることを習慣化することです。
やる気がなさそうに「見せているだけ」ということも
本人は頑張っているつもりだけれど、やる気がないように見えることもあります。
非行少年は「やる気がなさそうに見える」子が多いです。努力している姿を見せるのがかっこ悪いと思って、あえてやる気がなさそうに振る舞っている場合もあります。大人に不信感を持っており、ひねくれてしまっているのです。
そういう子に対して「やる気出せ」「頑張れ」と言っても逆効果です。「うるせぇ!」と、反抗し努力をやめてしまうでしょう。
やる気がなさそうに見える子でも、何かしら行動をしていることがあるはずです。それを見つけてすかさず声をかけるのが一番です。
「おっ、やってるじゃん」
それだけだっていいのです。
「別に何もやる気ない。努力なんかしたってムダだし」と冷めた態度の非行少年に対しても、ちょっとした行動を見つけてプロセスを褒めるうちにバーッと喋しゃべるようになるということがよくあります。
ひねくれていたのが、元のまっすぐな状態に戻っていくようです。ひねくれてしまった大人を戻すのはそれなりに難しいと思いますが、子どもの場合はさほど難しくありません。少年鑑別所にいる、ひねくれ度MAXのような非行少年でさえ素直に戻るのですから。やる気がなさそうだったり反抗的だったりするからといって、親やまわりの大人がすぐにあきらめるようではいけません。
「頑張れない原因」を一緒に探すことも大切
漠然(ばくぜん)と頑張ることを要求されても、子どもはどうしていいかわかりません。「頑張って」と言うなら、具体的に何をどうすればいいのか示してあげることも必要でしょう。「それならできそう」と思えれば、一歩踏み出すことができます。
これを心理学では「スモールステップ学習」と言います。いきなり大きな目標に向かうのではなく、目標を小刻みにして、こまめに達成感を味わえるようにする方法です。
子どもがやる気なさそうだったり、あきらめてしまっているようなら、「頑張れない原因」を一緒に見つけるのがいいと思います。たとえば、学校の宿題を前にしながらもなかなか始めようとせず、落書きをしたり飲み物を飲んだりしてダラダラしている子がいるとします。やる気がなさそうに見えます。やっと書き始めても「ウーン」と言って頭を抱えてしまいました。
「頑張ろうね」
そんなふうに声をかけたところで、頑張れるはずがありません。
その子が頑張れない理由があるはずです。それを探すのです。たとえば、2けたのかけ算の宿題をしないのは、「繰り上がり」でつまずいているのかもしれません。それを本人は気づいておらず、「難しくてわけがわからない」から自分には解けないと思っています。それなら、「繰り上がりの足し算を復習してみるといいよ」とアドバイスできます。具体的にやることがわかれば、頑張ることもできるでしょう。
もしかすると、単純に眠かったりお腹がすいていたりするのかもしれません。ほかに悩みがあって集中できないのかもしれません。頑張れない理由を先に解決しないと、頑張ることができないわけです。子どもを観察しながら「どうしてやりたくない気持ちなの?」「いつなら頑張れそうかな?」といった声かけをし、頑張れない原因を探って解決することが必要です。
出口 保行
東京未来大学 こども心理学部長
犯罪心理学者
1985年に東京学芸大学大学院教育学研究科発達心理学講座を修了し同年国家公務員上級心理職として法務省に入省。以後全国の少年鑑別所、刑務所、拘置所で犯罪者を心理学的に分析する資質鑑別に従事。心理分析した犯罪者は1万人を超える。
その他、法務省矯正局、(財)矯正協会附属中央研究所出向、法務省法務大臣官房秘書課国際室勤務等を経て、2007年法務省法務総合研究所研究部室長研究官を最後に退官し、東京未来大学こども心理学部教授に着任。2013年からは同学部長を務める。内閣府、法務省、警視庁、各都道府県庁、各都道府県警察本部等の主催する講演会における実績多数。
「攻める防犯」という独自の防犯理論を展開。現在、フジテレビ「全力!脱力タイムズ」にレギュラー出演しているほか、各局報道・情報番組において犯罪解説等を行っている。