「あなたはXXなんだから、こうしなさい」はいい迷惑
「お兄ちゃんだから、我慢しなさい」
「お姉ちゃんだから、やさしくしなさい」
役割を押しつける言葉は、個性をつぶしかねません。「男だから泣くな」「女だから控えめにしろ」と性別で役割を期待するのも同じです。本人の性質を無視したこういった言葉が重たい鎖になって自由を奪い、耐えきれず非行に走った少年たちを多く見てきました。
出生順位や性別は本人が望んだわけではありません。偶然の結果です。それを強調されて「XXだから」と言われても、本人にとってはいい迷惑です。
役割を押しつける言葉は「いい子」ほど苦しむ
役割を期待する声かけは、期待にこたえようとして頑張る「いい子」ほど、苦しむことになります。自分自身を抑え、役割を演じようとすればどこかに無理が生じるものです。親からの期待を嬉(うれ)しく思う気持ちもあります。きょうだいのお手本になろうと勉強もするし、習い事なども頑張る子は多いです。
しかし、うまくいかなくなったときに一気に自信を失ってしまう。そして、何かのきっかけで爆発してしまうという例がよくあります。
本人の性質・個性に基づく期待ならいいのです。「みんなの話を聞いてまとめるのが上手だから、リーダーとして頑張ってほしい」といった期待は、個性を伸ばすことにつながるでしょう。
しかし「お兄ちゃんだから」「お姉ちゃんだから」といった言いまわしは個性をつぶします。外発的な要因で期待する声かけは、良い結果を生みません。
子どもの気持ちを無視して指示し続けるリスク
「みんなと仲良くしなさい」にしろ、「誰々と付き合うのはやめなさい」にしろ、子どもの気持ちを無視して親が指示し続ければ、子どもは自分で考えることをやめてしまいます。
刑務所ではよく「プリゾニゼーション(刑務所化)」という言葉が聞かれます。刑務所での生活に慣れてしまい、個性や積極性を失うことです。刑務所では常に職員の指示に従って行動することが求められますから、それに適応した結果です。1~2年ならそれほどでもありませんが、10年も入っているとプリゾニゼーションにより社会生活を送ることが難しくなってしまうのです。
宮城刑務所に勤務していた頃、長期刑を終えて仮釈放となった者を仙台駅まで送り届け、新幹線に乗せる「乗車保護」という仕事がありました。長く刑務所に入っていると、切符を買って電車に乗るということも、前とはシステムが違う場合もあり難しいので指導するわけです。
あるとき、仙台駅でひとりの出所者に飲み物を買ってあげようと「ここで待っていなさい」と言い売店に行きました。売店から戻ると、彼はホームの壁に向かって手を後ろに組み、目を閉じてじっと待っていました。「何やっているんだ」と聞くと「待てと言われたんで…」。笑い話のようですが、こういうことが本当に起きます。
自分で判断せず、人に言われたことを行うばかりでは社会生活ができません。刑務所から社会に戻る際には、出所後の行動や生活についてシミュレーションやトレーニングも必要になります。待てと言われて、直立不動で待っていた出所者ほどではなくても、刑務所に長くいると自主性が失われやすいのは事実です。これと似たようなことは家庭の中でも起こりえます。親が高圧的な態度で接し、子どもの意見を無視していれば、家が刑務所化するわけです。
出口 保行
東京未来大学 こども心理学部長
犯罪心理学者
1985年に東京学芸大学大学院教育学研究科発達心理学講座を修了し同年国家公務員上級心理職として法務省に入省。以後全国の少年鑑別所、刑務所、拘置所で犯罪者を心理学的に分析する資質鑑別に従事。心理分析した犯罪者は1万人を超える。
その他、法務省矯正局、(財)矯正協会附属中央研究所出向、法務省法務大臣官房秘書課国際室勤務等を経て、2007年法務省法務総合研究所研究部室長研究官を最後に退官し、東京未来大学こども心理学部教授に着任。2013年からは同学部長を務める。内閣府、法務省、警視庁、各都道府県庁、各都道府県警察本部等の主催する講演会における実績多数。
「攻める防犯」という独自の防犯理論を展開。現在、フジテレビ「全力!脱力タイムズ」にレギュラー出演しているほか、各局報道・情報番組において犯罪解説等を行っている。