子どもが自分の感情や欲求を理解できるようになるには
しゃべれるようになった子どもたちは、気持ちを立て直すために自分の気持ちを知る必要があります。
わが家では、ジェネレーション・マインドフルという企業の製品にヒントを得て、「今どんな気持ち?」「今必要なものは何?」という2つの質問が書かれたシンプルな表を使うようになりました。1つのポスターに、様々な気持ちを表現した絵と、「今必要なものは何?」の答えとなる対処法の一覧を載せたものです。対処法は「10数える」「ぬいぐるみをだっこする」「パズルをする」など、簡単なものばかりです。
最初は私も半信半疑でした。しかし、使ってみるとすぐに、3歳の息子・ポールが――癇癪の最中でさえも――「表を見に行こうよ」という声かけに反応しました。べそをかきながら表に駆け寄って、絵を眺めるのです。最初は、表を見ることで気が紛れて、気持ちが落ち着く様子でした。さらに、それぞれの絵について一緒に話すうちに、自分の感情をより正確に見極められるようになっていきました。
ときには私を驚かせることもありました。きっとポールは悲しいんだろうと思っていたら、「寂しい。ぼくはハグが必要なんだ」と言われました。このような補助アイテムを使うと、子どもが自分の気持ちと欲求をもっと明確にとらえられるようになり、親子の会話がはるかに豊かになります。
「3つのE」を使って他者の思考と気持ちを探る
今ご紹介したような表は出発点であって、年齢が上がるにつれ、子どもの視点取得ははるかに複雑で繊細になっていきます。
以前、13歳のアレックスという少年を担当したときのことです。私は私立学校でアレックスの言語力を評価し、隔週で指導していました。言語学習障害と診断されているアレックスは、単語を想起して自己を表現することが苦手でした。語彙は豊富なのですが、簡単な単語による細切れな文をしゃべる傾向がありました。
それもあって、アレックスの会話は情報が抜け落ちていて、他者には理解が困難でした。私が実際に聞いた例を挙げると、「ぼく向こうに行ったじゃん? あそこにさ? で、あれを取って来てさ?」という具合です。たまにならこのようなしゃべり方をする子どもは多いですが、アレックスの場合はそれがかなり極端でした。
セッションでは、口頭と文字、両方での自己表現に取り組みました。そして、言いたい言葉が出てこないときは、同義語を探す練習をしました。物体や人については別の言葉で説明することも教えました。それはどんな見た目か、どんな匂いがするか、その職業ではどんなことをするか、などを説明するのです。
なんなら身振りを使ってもいいし、似ているもの、似ていないものを挙げてもかまいません。たとえば、ヘリコプターであれば、「飛行機に似ているけど、もっと小さくて、垂直に浮く」と説明できます。このような言い換えをすれば、アレックスの言わんとすることが伝わりやすくなります。
ある日、アレックスはクラスメートのナオミに交際を申し込みました。そして、丁寧に断わられます。そのことを友達のジャクソンに話し、「まあ、どうでもいいけどさ。ナオミはうぬぼれてんだよ」と締めくくりました。
するとスマホをいじっていたジャクソンが顔を上げ、「は? いい子じゃん」と言ったそうです。アレックスは傷ついて立ち去り、あいつとは二度と口を利きたくない、と私に言いました。
その話を聞いた私は、共感性をはぐくむ会話に3つのE*を応用しました(*3つのE…あらゆる年齢層の言語・思考・社会性を伸ばす、研究に基づいた手法。リッチトークの土台となる)。
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<3つのE>
①膨らませる(Expand):より具体的な言葉で感情を表現できるように手助けします。
②探る(Explore):過去の出来事(特に嫌な体験や気持ちが乱れた体験)を新たな視点から掘り下げ、他者の心を読みます。
③評価する(Evaluate):他者をいたわる行動や返答を試してもらい、結果を尋ねます。
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私はアレックスとともに、まず感情を膨らませました(=Expand)。すると実は、アレックスもジャクソンと同じく、ナオミをいい子だと思っていました。ジャクソンがナオミをかばったのは、もっともなことだったのです。
そのコメントが思いやりに欠けるとアレックスは感じたわけですが、私はアレックスの怒りの原因は他にあると察しました。「ナオミに自分の良さを認めてもらえなかった」悲しさを、ジャクソンに受け入れてもらいたかったのです。アレックスは言いました。言葉に腹が立ったというより、ぼくの傷の深さに気づいてなさそうなところに腹が立ったんだ、と。
続いて私たちは、ジャクソンの過去の行動を探り(=Explore)、どんな友達だったかを思い返しました。アレックスの母親ががんと診断されたときなど、つらい時期にジャクソンは気づかってくれていました。ただ、ナオミの話をしていたときは、そうした細かい思い出を見落としていました。
あらためて2人の良い思い出を振り返ってみると、ジャクソンは根っからの悪人でも冷たいヤツでもなく、むしろその逆でした。2人の友情は貴重なもので、そこに入った亀裂(きれつ)は修復するに値するものでした。「ナオミはいい子だ」というジャクソンの返答も、他者に対する思いやりの表れだったのです。
その対応として、私たちはロールプレイをし、交際を断られたショックを穏便に伝える方法を考えました。アレックスはその感情をなかったことにはしたくないものの、誇張したいわけでもありませんでした。そこで、バスケットボールの練習後に話を切り出して、自分の気持ちを説明し、気持ちを切り替えると決めました。
次のセッションで、私たちは一緒に経過を評価し(=Evaluate)、うまくいったことと、今後に向けて修正すべき点を確認しました。アレックスは、結果にほぼ満足している、と言いました。ナオミのことを悪く言ってごめん、拒絶されてショックだったんだ、と説明すると、ジャクソンは、傷ついてたのに気づいてやれなくてごめんな、と謝ってくれたそうです。
ただ、最初は意味がわからなかったようで、それってなんの話、と聞かれたのだとか。そこで、次からはあまり時間を空けずに話し合おうと、アレックスは決めました。
このように、共感性を養う会話は、実体験と結びつけるのが最も効果的です。また、子ども一人ひとりに合わせて調整する必要があります。「キャンプって最悪だぜ」と言ったロビンとジャクソンとでは、必要な会話は異なります。ロビンは視点取得が苦手だったのに対し、ジャクソンはきちんと話を聞いていませんでした。ジャクソンの場合には、友達と真剣に向き合うことを――そしてスマホを置くことを、さりげなく気づかせる必要がありました。
自己表現ができない子の本当の気持ちや思考を探るには
ここまでのようなやり方は、何が問題で、どんな助けが必要かをすんなり言える子どもには向いているでしょう。しかし、困っていそうなのに本人が話したがらない場合はどうでしょうか? あるいは、機嫌が悪そうなのにそれをはっきり言えない、または言おうとしない場合は?
その場合は、リフレクティブ・リスニング(聞き返し)を試してみてください。リフレクティブ・リスニングとは、「マインドフル・ペアレンティング(訳注:マインドフルネスを応用した育児手法)」の機運の高まりとともに生まれた傾聴法で、単に子どもの発言を聞くにとどまらず、全神経を子どもに――言葉だけでなくボディー・ランゲージにも――集中させて、子どもの本当の思考と気持ちを「調査する」ことを指します。
リフレクティブ・リスニングをするには、まず今この瞬間に意識を集中させます。そして、子どもから聞き取った声を本人にそのまま返し、自分の聞き取りが正しかったかを確認します。聞き返された子どもは、「尊重されている」「きちんと話を聞いてもらえている」「理解されている」と感じ、他者にも同じように接することができるようになります。
私自身も実践するようになったこのリフレクティブ・リスニングは、4つのパートから成り立っています。
謎解き(Puzzle)、切り分け(Piece Apart)、絞り込み(Pare Down)、出力(Process)の4つです。1つずつ具体的に説明していきましょう。
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<リフレクティブ・リスニングに使う4つのP>
①謎解き(Puzzle):まずは探偵になりましょう。沈黙やボディー・ランゲージのなかに、子どもの思考や気持ちを示す手がかりを見つけます。近くに座っているか、離れて座っているか。どんな表情をしているか。その表情を前にも見たことがあるか、考えてみてください。
②切り分け(Piece Apart):手がかりをふるいにかけ、最も重要な手がかり、つまり優先度の高そうな手がかりを見極めます。
③絞り込み(Pare Down):子どもの気持ちの見当がつきましたか? 子どもに何があったと思いますか? 1つか2つ、主要な見立てを決定しましょう。
④出力する(Process):最後に、その見立てを伝え、子どもの返事を聞いて、見立てが合っているか確認します。
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4つのPで、息子の癇癪の原因がわかった
ここからは、私のママ友ジャスミン(仮名)を例に、4つのPの過程を確認していきましょう。ジャスミンは三児の母で、ティーンエイジャーの息子ルーク(仮名)とのエピソードについて次のように書いています。
「息子は昔から怒りをうまく消化できない子だった。幼いころは、些細なことでカッとしてたくらい。たとえば、10歳の誕生日のとき、やんちゃな友達がバースデーソングを真面目に歌わなかったら(大声で歌いながら走り回ったの)、かんかんに怒って、何が問題なのかうまく説明できずに自室に駆け込んでしまったり…」
そんなルークも、年月が経つにつれ、怒りを処理するのがうまくなったように見えました。しかし、ある日の午後、父親ともめ、口論の最中に自室にこもってしまいました。そのときのことを、ジャスミンは次のように語りました。
「足を踏み鳴らしたり、叫んだり、物を叩いたりと、荒れ狂う音が聞こえてきたの。私は怒りを募らせながら2階へ上がって、ルークの部屋の前にたどりついた。ドアを開けたらガツンと言ってやるんだから、って意気込んでね。バカなことはやめなさい、赤ん坊みたいなふるまいをやめなさい、そうでないと本気で怒るわよ、って。2、3回深呼吸をして心を落ち着けてから、ドアを開けて、ルークを毅然(きぜん)と見つめたら、ルークが言ったの。『これだけは先に言わせて。父さんのせいじゃないんだ』」
事情を尋ねると、ある友達から「おまえとは絶交だ」といったキツいメールが送られてきたとのことでした。それを聞いたジャスミンは、多くを語らず静かに腰を下ろすと、「ルークの痛みを認めてただ隣にいる」ように努めました。そして少し経ってから、こう伝えました。
私も同じ歳ごろに似たような経験をしたから気持ちはわかるよ。メールを読むのはやめて、読むにしても落ち着いてから返事をしたらどう? スマホから離れて頭を冷やしたければ、私がしばらくスマホを預かってもいいし…。
後にジャスミンはこう振り返っています。「あの日寝室に入ったとき、ムキにならなくて本当によかった。ムキになっていたら、あの会話は生まれなかったかもしれない。心ない友達への対処方法を、息子と話すことはなかったかもしれない」
ジャスミンはまず心を整え、ルークに説明の余地を残しながら、「何が起きているのか」について謎解きをしました(=Puzzle)。そして、癇癪の引き金になりうる様々な可能性を切り分け(=Piece Apart)、メールにねらいを定めて息子にどう対応すべきかを絞り込みました(=Pare Down)。最後に、それを言葉にして出力してみせ(=Process)、自分が味方であることをわからせました。その対応によって、息子のメンツは保たれ、癇癪も激化せずに済みました。また、ジャスミンは息子の自己認識を促し、メールを返すのはあとにするよう勧めました。
このとき「スマホを預けなさい」と言っていたら、まったく違う結果になっていたことでしょう。スマホをむやみに取り上げるのではなく、会話によって子どもの成熟度、発達段階を見極めることが大事です。双方向の対話をすれば、今の子どもにどれだけの度量があるかは、自ずとわかります。その結果、自分の接し方が厳しすぎる、あるいは寛容すぎるようであれば、接し方を改めればよいのです。
レベッカ・ローランド
音声言語病理学者。ハーバード大学教育大学院講師、ハーバード大学医学大学院教員、ボストン小児病院神経内科に所属する言語療法の専門家。
言語聴覚士の国家資格を有し、幼児から高校生までの子どもを対象に、教育現場でカウンセリングや学習補助をしている。発話言語や読み書き障害、および子どものコミュニケーション能力の発達について研究し、教師の専門性向上に取り組んできたほか、アメリカの新聞や雑誌などさまざまな媒体で教育や子育てに関する記事を寄稿している。