巨額資金を持つ企業には金利低下の恩恵なし
まだあるよ。企業はお金を借りるもんである、だから金利が下がれば企業は喜ぶ、っていうのがこれまでの常識だった。でも「実質借金ゼロ」とか「企業が内部留保をため込んだ」って聞かないかい?
今、企業全体で見ると、むしろお金は余っているんだ。なのに、多くの人はいまだにお金が余っている個人が銀行に預金し、その預金がお金が不足している企業に貸し出されるというイメージを持っている。でも実際には、日本の企業は全体で見ると、お金が余っているんだ。
図表3は、経済社会を構成しているセクター(部門)を家計、企業、政府などに分け、それぞれのセクターがどれだけお金が余っていたのか、それとも足りなかったのかを記したものだ。企業はもう15年も前から、お金が余っていることがわかるんだ。この図にある資金余剰とか資金不足っていうのは大事なキーワードなんで、簡単に説明しておくね。
ある家計の年間収入が500万円だったとしよう。そこから税金や社会保険料などを払った後、電気ガス水道や教育費、食費などに使い、120万円を貯金したけれど一方で10万円のクレジットローンを利用したとしよう。つまり、10万借りたけど、一方では120万円を貯蓄に回している。
こんな風に、その期間にどれだけお金を借りたのか、そして貯蓄や運用に回したのかのバランスを見るんだ。借りた額が多ければ「資金不足」、貯蓄や運用額が多ければ「資金余剰」っていう。もちろん、この家計は資金過剰だね。
ほら、グラフでわかるとおり、企業部門(民間非金融法人企業)はもう15年も前からずっと「資金余剰」だったんだ。こんな状態が続くとお金がたまる。そして現在のように、企業全体では現金と預貯金だけで300兆円にも上る巨額のお金が手元にたまった。
日本国内の景気が良くない状態が続いているので、積極的に設備投資せず、お金が余ってきたんだね。特に、輸出で利益を稼いできた自動車、機械、産業用電機、建機などの大手メーカーはそうだ。
こうなると、いざ新しい事業展開や大型の設備投資をするにしても、もう銀行から借りない。預金などを取り崩せばいいだけなんだから。社内に、銀行子会社を持ってしまったようなもんだ。外部の銀行から借りる必要はない。
ということは、銀行が貸出金利を下げてもありがたくもなんともないんだね。つまり金利が下がっても、業績アップにはつながらない。だから、金利を下げても景気が良くならなくなった。
金利引下げが必ずしも景気にプラスに働かない可能性があることは、これだけではないんだ。ほとんど金利がゼロに近くなってくると、銀行の利ザヤがうんと薄くなってくる。金利が低いときには銀行は、預金と貸し出しの金利差を小さくせざるを得ないんだ。たとえば、7%で預金を集めていたときには8%で貸せるけど、預金利率が0.1%の時にはせいぜい0.7%とか0.8%程度でしか貸せない。当然収益は減る。
つまり、銀行の収益は減るから、銀行は企業向け貸し出しには積極的にはなれない。これが現実に起きていることなんだ。
角川 総一
株式会社 金融データシステム 代表取締役
金融教育・金融評論家
昭和24年、大阪生まれ。証券関係専門誌を経て、昭和60年、株式会社金融データシステムを設立し代表取締役就任。わが国初の投信データベースを開発・運営。マクロ経済から個別金融商品までにわたる幅広い分野をカバーするスペシャリストとして、各種研修、講演、テレビ解説の他、FP等通信教育講座の講師としても活躍。
主要著書に『為替が動くとどうなるか』(明日香出版社)、『金融データに強くなる投資スキルアップ講座』(日本経済新聞社)、『日本経済新聞の歩き方』(ビジネス教育出版社)、『ニュースに出る経済数字の本当の読み方』(WAVE出版)等がある。