「106万円の壁」が経済停滞、年金不安の元凶となるおそれも
しかし、政府の目算は大きく外れる可能性があります。
どういうことかというと、「壁」という制度がある限り、「壁」を気にして扶養の範囲で働く人は、あくまでもその範囲内に収入金額を抑えようと、労働時間をセーブしようとすることが考えられるからです。
事実、2022年10月に全都道府県で最低賃金が引き上げられた際にも、「壁」の範囲に収めるために「労働時間をセーブしなければならなくなる」という議論の立て方がほうぼうでなされていました。
過去20年間の最低賃金の推移をみると、「全国加重平均額」が2003年には平均664円だったのが、2022年10月には961円となっています。上昇幅は約45%です(【図表】参照)。
【図表2】2003年~2022年の最低賃金(全国加重平均)の推移 厚生労働省HP「平成14年(2002年)度から令和3年(2021年)度までの地域別最低賃金改定状況」等を参考に作成
もしも、この上昇幅にあわせて「~円の壁」を意識して労働時間をセーブしたとしたら、単純計算で過去20年間で約3分の2に減ったことになります。なお、「106万円の壁」は2016年から設けられたものですが、最低賃金が上昇すれば労働時間をセーブせざるを得ないことに変わりはありません。
したがって、「壁」の対象を広げようとすれば、その分だけ労働時間をセーブしようとする動きがある程度予想され、徴収される社会保険料の総額はそれほど変わらなくなるおそれがあります。
また、労働時間がセーブされれば、経済活動がその分だけ抑えられることになり、経済発展にとってマイナスの影響を及ぼすおそれさえあります。昨今の物価高や老後不安のなかで、「壁」が足かせとなって労働時間をセーブしなければならないことは、死活問題となりかねません。また、税収にも悪影響を及ぼす可能性があります。
さらに、「壁」の存在が、実質的に女性の社会進出を妨げてきたのではないかという指摘もあります。この点については、意外なことに、典型的な保守政治家というイメージがある故・安倍晋三元首相でさえ、2014年3月19日の「第1回経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議」において、現行の税制・社会保障制度について「女性の就労拡大を抑制する効果をもたらしている」と断じているのです。
加えて、今後、社会の高齢化が進行するにつれ、ますます重要になっていくのが、社会保障制度をどのように組み立てていくか、特に、その原資をどのように国民全体が公平に負担していくかということです。
従来、税制や社会保障制度を設計する際のモデルケースとなってきたのは、「世帯主が男性で、正社員として終身雇用で定年まで働き、配偶者が専業主婦」というものでした。しかし、現在は「働き方」あるいは「働かされ方」が多様化し、終身雇用制度も揺らいでいます。さらに、かつてはなかった少子高齢化という問題も深刻化していきます。そのようななかで、税制、社会保障制度における「~円の壁」という制度の正当性・合理性自体が大きく揺らいでいるといわざるを得ません。
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