(※写真はイメージです/PIXTA)

脳にはとっさに優先して使う神経回路があり、その優先回路は人によって異なります。例えば問題解決を図るとき、「ことのいきさつ」から根本原因に触れるタイプか、「今できること」に集中するタイプか。両者は対話スタイルも異なり、この違いこそが対話ストレスを生み出す原因だといいます。人工知能研究者・黒川伊保子氏の著書『職場のトリセツ』(時事通信社)より、「なぜ上司はわかってくれないのか」を見ていきましょう。

相手が何型であれ、自分の話は結論(目的)から言う

「ことのいきさつ」派が使う神経回路を、プロセス指向共感型と呼ぶ。とっさにプロセスに意識が行き、共感で対話を進めるからだ。

 

「今できること」派が使う神経回路を、ゴール指向問題解決型と呼ぶ。とっさにゴールに意識が行き、目の前の問題を解決すべく、話を進めるからだ。

 

人の話は共感で受けるのがセオリーである。一方で、自分の話は、結論(目的)からする。すなわち、「人の話を聞くときは共感型、自分の話は問題解決型」。これが、成熟した大人の会話スタイルである。

 

共感型の女性であっても、実家の母親の長い長い「ことのいきさつ」は聞いてはいられない。共感型であっても、オチがなるだけ早く来たほうが、ありがたいのである。

 

ましてや、問題解決型の上司の前で、「感情の揺れるままに、ことのいきさつを話す」のは、よっぽどの場合に限定しておいたほうがいい。

「上司がわかってくれない」の根本原因

数年前のこと。とある県で、女性管理職のためのシンポジウムがあり、基調講演に呼んでいただいた。

 

集まったのは、課長あるいは主任クラスの、いわゆる中間管理職といわれる立場の女性たちである。その地域性から、多くは製造業に勤務する方々だった。

 

ほぼ全員が男性上司に仕え、男性部下を多く持つ。そんな製造業の女性管理職たちには共通のストレスがあるようで、会場は日ごろの鬱憤を晴らすおしゃべりで活気に満ちていた。

 

私の講演を聴いていただいた後、いくつかの分科会に分かれてディスカッションが始まった。そのうちの一つに「上司はなぜわかってくれないのか」という素敵なテーマがあったので覗いてみると、ある女性が、上司の無理解を訴えていた。

 

曰く、彼女の開発チームに不測の事態が続いた。顧客からの要件変更が相次いだのだ。一つ一つは対応できないことではなかったが、担当者ごとに受けたそれが偶然重なって、動きが取れなくなった。さらにインフルエンザが流行って、病欠者も相次ぐ。彼女は、こうなったら「来月の目標を下方修正して、チームを立て直そう」と決心するのである。

 

それしか選択肢はなかったのだろう、私も英断だと感じた。

 

しかしながら、それを彼女の上司に提案しに行くと、その上司は、次々と彼女の「悪かったところ」をあげつらい責めてくるので、彼女は、とうとう何も言えずに、ただ叱られて、その場を去ったのだという。

 

その話を聴いていた参加者たちは口々に彼女に同情し、男性上司をなじる発言が相次いだ。皆、同じような経験があるという。

 

そして、とうとう、マイクは私に回された。「黒川先生、どう思われますか?」

 

ふぅ、と私は、ため息をついた。

 

私も、かつて製造業の中間管理職だったので、彼女の気持ちはとてもよくわかる。しかしながら、研究者として、ここは真実を語らなければならない。「彼は、まったく悪くない。残念ながら、この件では100%あなたが悪いと言わざるを得ない」と。

 

これは、日ごろは問題解決型のデキる女性が、強いストレスにさらされて、女性本来の生存可能性を高める回路=プロセス指向共感型をとっさに選んでしまったケースだ。

 

あまりのことに結論から言えず、まずは上司との「共通感覚」を生み出すために、感情を交えて、プロセスを延々と語っているのである。

 

なのに、上司のほうは、ゴールを急ぎ、相手の話の中から勝手にゴールを切り出して、問題解決を試みる。共感が不可欠な相手に、問題点の指摘を連打してくる、という構図が出来上がってしまったのだ。

「結論から言う、数字を言う」で話が通じるようになる

つまり、女性リーダーが、「あんなことがあって、こんなことがあって、本当にたいへんで」とプロセスを語ろうとしたのに対し、男性上司が「あんなことがあって」を解決するのが今回のゴールかと思って、「それはこうするべきだったね」とアドバイスを打ち込んできたのである。続いて、「こんなことがあって」にも同様のことをする。

 

最初にゴールを明らかにしないから、相手がどんどんボールを打ち込んできて、ぼこぼこにされてしまったのである。

 

悪いのは、ゴール(結論、目的)を示さなかった女性リーダーのほう。男性上司は、自分の仕事を真摯に全うしたのみである。優秀で、思いやり深い人である。

 

ビジネストークは、何があっても結論から言わなければならない。思いもよらないところから飛んでくるボールで、心にケガをするわけにはいかないから。

 

この場合は、「来月の目標を下方修正します。先方と早急に交渉して、XX工程でリカバリます。その理由ですが、実は…」と最初に言わなければならなかった。

 

特に男性脳は、「目的のわからない話」に耐性が低い。

 

おしゃべりに使う脳のワーク領域が、女性脳の数十分の一しかなく、最初に目的を言わないと、脳が勝手に音声認識をやめてしまうことさえある。音声が日本語に変わらないので、本当に「話が通じない」のである。

 

上司のみならず、男性の同僚や部下にも、必ず結論から言うことだ。ポイントの数も先に言っておくといい。「企画書の変更点について話があるの。ポイントは三つね。一つ目…、二つ目…」のように。

 

数字は、ゴール指向問題解決型の脳にとってはカンフル剤のようなもの。数字を言われると、意識がはっきりする。ゴール指向問題解決型の回路が、空間認知の回路(距離を測ったり、構造を見抜く回路)を主に使うことから、数字に反応するのだと考えられる。数字を言われることで、今聞いている話が全体のどの位置にあるのかがよくわかり、話に集中できるのだ。

 

結論から言う、数字を言う。職場はもとより、夫や息子にもそう心がけるといい。「デキる妻」「わかってくれる母」の地位を確立できる。

言いにくい提案には前向きなキャッチフレーズをつける

とはいえ、こんな身もふたもないネガティブな結論から言いだすことなんて到底できない、というのが、共感型の心づかいでもある。

 

大丈夫、いい作戦がある。ポジティブなキャッチフレーズをつけるのである。私なら、こんなとき、「チームの意欲向上と顧客満足度向上のために、来月の目標をいったん下方修正しますね」と宣言する。

 

そうしたら、上司のほうから、何があったんだ?と聞いてくれるので、「それがたいへんだったんですよ~」と事情を話すことができる。

 

ビジネスなら、言いにくい提案=ネガティブな提案にも、必ずその先の展望があるはずだ。ポジティブな展望がなかったら、「生き残るため」でもいい。その先の大目的を語って、言いにくさを吹き飛ばそう。

結論が出ていない話にはエクスキューズを

ビジネストークは、何があっても結論から言わなければならない…とは言ったが、アイデア出しの会議は、その限りではない。まとまっていない脳内イメージの中にこそ、新鮮なアイデアがある。頭に浮かんだことをつらつらとしゃべらないともったいない。

 

そのようなときは、最初に「ちょっと気になることがあって、まとまってないんですが、話を聞いてもらってもよろしいでしょうか」と言えばいいのである。

 

そうすれば、「まとまってない話を聞く」ということがゴールになるので、ゴール指向問題解決型も「ことのいきさつ」を聞いてくれる。

 

それをせずに、マーケティング会議の最中にいきなり、「昨日、夫とデパ地下に行ったんですよ。お土産のケーキを買おうと思って。そうしたら…」なんて話しだしたら、「何の話? この人、いつもとっ散らかってて、何言いたいんだか全然わからない」なんて思われて厄介者扱いされてしまう。そこからアイデアが出たとしても、「彼女の無駄話がたまさか功を奏した」と思われるだけで、評価につながらない。

 

最初にエクスキューズしておけば、「このだらだらした話こそがヒント」だと思ってもらえて、成果も自分のものになる。

話しかけるときは、名前を呼んでから2~3秒空ける

ちなみに、女性は、「いきなりの早口」にも気をつけたほうがいい。

 

男性は、何かに集中している時には、音声認識機能を停止させている。音声認識機能が立ち上がるまでに約2秒かかる。

 

つまり、男性部下に話しかけるとき、「田村くん先週の会議で決まったあの件どうなった?」と一気に話すと、「田村くんホエホエホエピ~ホエホエエ」のように聴こえてしまうのだ。

 

ちなみに、脳は、どんな状態でも自分の名前を呼ばれたことだけはキャッチする。このため、自分が呼ばれたことはわかったけれど、その理由が皆目わからないという混乱状態が男性たちを襲うのである。男性がよく「はぁ?」と間延びした返事で顔を上げるのは、そういうわけ。女性をナメてるわけじゃないのである。

 

名前を呼んでから2~3秒空ける、つまり「田村くん《2~3秒》先週の会議で」という間(ま)を入れるといい。音声認識さえ立ち上がれば、その後は、早口でも大丈夫。

 

男女のミゾは、こんなプリミティブな神経処理の部分にも潜んでいる。知ると知らないとじゃ、大きな違いではないだろうか。

 

 

黒川 伊保子

株式会社感性リサーチ 代表取締役社長

人工知能研究者

 

1959年、長野県生まれ。奈良女子大学理学部物理学科卒業。富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ(現富士通)で14年間にわたり人工知能(AI)開発に従事。その後、コンサルタント会社などを経て、株式会社感性リサーチを創業。独自の語感分析法を開発し、これを応用したネーミングで新境地を開いた。

AIと人間との対話を研究する過程で、男女の脳では「とっさに使う神経回路」の初期設定が異なることを究明。これらの知見を活かした著作も多く、ベストセラー『妻のトリセツ』(講談社)をはじめとするトリセツシリーズが人気を博している。ほかに『成熟脳』『共感障害』(いずれも新潮社)、『ヒトは7年で脱皮する』(朝日新聞出版)など。

※本連載は、黒川伊保子氏の著書『職場のトリセツ』(時事通信社)より一部を抜粋・再編集したものです。

職場のトリセツ

職場のトリセツ

黒川 伊保子

時事通信社

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