不動産業界で横行する「両手取引」を狙った「囲い込み」の疑いが…
担当エージェントAは、市原さんとの初回の話し合いから数日後、市原さんに調査結果を報告する場を設けました。
5,000万円での売却は難しいのか、そしてリフォーム会社に4,700万円で売るのは適切なのか、膨大な不動産情報を保管しているレインズであれば過去の取引事例を引き出すことができます。担当エージェントAはまずそこから手をつけていました。
市原さんの不動産の周辺地域で、同程度の築年数と間取りでリフォームされていないマンションの過去3年分の売買取引事例を遡って調査した結果、5,000万円で販売されていた物件のおよそ8割は1カ月程度で売れていることが分かったのです。
さらに条件を絞った取引事例も調べました。市原さんのマンションは最寄りの駅から7分以内という好物件です。そこで駅から徒歩5分から7分程度の取引事例に絞ったところ、5,000万円半ばで売れている物件も多く、むしろ市原さんのマンションは安値傾向であると分析できました。
調査結果を聞いて驚きを隠せない市原さんは、安値なのになぜ我が家はまったく声が掛からないのかと首をかしげました。
一つ考えられるのはニーズの減少です。過去の取引では5,000万円以上で販売ができていても、年々需要が減ってしまっていたら売るのは困難になってしまいます。そこで現在のニーズを探るため、直近数年間の成約実績数の調査のほか、エージェント仲間や知り合いの不動産会社にもヒアリングし、周辺の需要状況を調査しました。
その結果、台東区の本物件周辺のエリアでは3LDK中古物件を求めているファミリー層は非常に多く、しかも近隣だけでなく遠方の購入者も多いことが分かりました。問い合わせが少なく内見予約が来ないという仲介担当者の報告には疑問が残る、というのが全会一致の意見でした。
それならますます連絡が来なかったのが不思議でならないといった様子で、しかめ面の市原さんに、担当エージェントAは衝撃の事実を伝えました。
実は、Aは、何か他に売れない理由があるのかを探るべくある検証を行っていました。それは売却依頼している仲介会社に問い合わせし、内見をしてみたいと申し込み依頼を入れてみるというものです。すると、仲介会社の担当者からの返答は、「売主が引っ越しの準備に忙しいため内見は早くても3週間後になる」というものだったのです。
市原さんは言葉を失いかけました。内見はいつでも大歓迎だと仲介会社には伝えていたのですから驚くのは当然です。買主が決まるまでは居住の予定だったため引っ越しの予定なんてありません。そもそも担当者から内見申し込みがあったという報告も受けていなかったのです。
驚きを隠せない様子を見て、担当エージェントAは、不動産屋の常套手段として知られている、売主と買主の双方の代理人となって両方から手数料を受け取る「両手取引」と、それを狙った「囲い込み」について説明しました。あくまで推測ですが、市原さんが依頼した不動産仲介会社は、自分たちで買主を見つけたいがため、他社からの内見依頼を断っている可能性が高いのです。
さらに、実際に問い合わせが何件か来ても、「もっと築浅で最適な物件がある」と営業して、他の売主からあずかっている不動産を紹介しているのかもしれません。
つまり、市原さんの5,000万円の不動産で顧客を引き寄せ、他の物件の売却を狙っている可能性も考えられます。