「買主」優先主義の不動産業界
不動産市場は需要過多であり、売主側にとって追い風です。そうであるにもかかわらず、不動産がなかなか売れずに悩む売主が存在し、挙句には希望以下の価格で売る結末を招くことになる理由の一つに、不動産業界の契約形態があります。
不動産を売ると決めたら、まず売主はどこかしらの不動産仲介事業に携わる会社と「媒介契約」を結び、不動産の売却を依頼することになります。媒介契約は主に「専属専任媒介契約」・「専任媒介契約」で、契約先の不動産会社に売却を一存することになります。基本は契約先以外での販売は認められません。
この時点で、売主は契約に縛られる存在となります。不動産がなかなか売れないからといって、依頼先との契約を一方的に切ることはできません。契約期間は最長3カ月まで定めることができ、期間中に契約解除を希望しても、契約内容によっては違約金などが発生する場合があります。
ある地元の不動産仲介会社に売却を依頼した売主は、仲介担当者にやる気を感じられず、すぐさま契約を解除しようと要請しました。しかし契約先から、「販売のためにチラシを作成したのでその分の費用を負担してほしい」と言われてしまいました。
「そんなことは聞いていない」と反論しても、契約書に明記していると指摘されてしまえば、もう反論の余地はありません。「売主から契約解除を申し出た場合、販売活動として使った広告費や交通費は売主が負担する」と契約書に明記されているケースがあります。
不動産仲介会社の視点で見れば、売主と媒介契約を結んだ時点で、預かった不動産は仲介担当者の裁量で売却プロセスを決めることができます。
もちろん、買い手が少しでも早く見つかるよう熱心に販売活動する担当者もいるでしょうし、後回しにして別の売主からあずかっている不動産を優先するかもしれません。しかし、契約した以上、売主に逃げられることはないので、マイペースで販売活動が行えるわけです。
もし、やる気のない担当者に当たってしまったら、いつまで経っても買い手がつかないことにもなってしまいます。しかし、報告では積極的な販売活動を行ってはいると真っ当なことを言うので、売主は売れない本当の理由に気づけないまま、販売を任せた以上はじっと待つしかないなと我慢し続けることになります。
極端な表現をするなら、媒介契約を交わした時点で、不動産仲介会社は売主を鎖につないだも同然の関係を築けているのです。しかし買主は不動産仲介会社にとってそのような関係ではありません。間取りに満足できても価格が気に入らなければ、買主は他の不動産仲介会社へと離れて行ってしまいます。売り出し中の不動産にせっかく興味をもってやって来た買い手候補を、みすみす逃したくはありません。したがって多くの仲介担当者は買い手候補の味方につきます。
買い手候補から値下げ交渉があったとき、売主はこれ以上の値下げは考えていない、といったスタンスで仲介担当者は強気に対抗することができないのです。買い手サイドの要求になびいて、物件を気に入った客がいるが、値下げ交渉があったと売主に相談する方法を選ぶわけです。
売主は心理的に早く売って負担を軽くしたいという焦りの気持ちもあり、値下げの交渉に心が揺れます。さらにここでとどめを刺す一言が仲介担当者から発せられるのです。
「過去の事例を見ても、この値下げ価格くらいが妥当かもしれません」
この台詞は先ほどの住み替えをしたい売主の例でも登場しました。過去の事実を提示されると、売主もつい仕方ないと希望価格で売ることを諦めがちです。
しかしこの過去の事例ほど怪しいものはありません。捏造とまではいいませんが、売主を説得するのに都合のいい取引事例だけ抜粋して紹介していることが考えられます。
こうして売主は不動産仲介会社に丸め込まれ、売却できない焦燥感から解放されたいがため、渋々値下げ要求を受け入れることになります。このような売主弱者の関係、買主優先主義が続く限り、希望価格で売れずに悩む売主が減ることはないのです。