「不安解消と相続対策のため、母と同居したいのです」
今回の相談者は、50代会社員の近藤さんです。父親が亡くなって数年間、ひとり暮らしをしている高齢の母親のことで相談したいと、筆者の元を訪れました。
母親が80歳を過ぎ、このままひとりにしておいて大丈夫なのか、不安が募ってきたといいます。
近藤さんは妹と2人きょうだいで、いずれも母親とは同居していません。また、それぞれ家庭を築いており、自分たち家族が暮らす家を保有しています。
「母はまだ元気に見えますが、もう80代ですので、いつ何があっても不思議ではありません。母親名義の収益物件などもあることから、そろそろ相続対策に着手したいのです」
近藤さんの母親は、築古の自宅のほか、6世帯ほど入るアパート、金融資産約5000万円の資産を保有しています。
「最近、私の家のそばに少し広めの二世帯住宅が売りに出されまして。そこを母に買ってもらい、うちの家族と同居すれば、お互いに安心ですし、なにより節税できるのではと考えています。購入を検討している住宅は、庭も広くて南向きですし、1階には和室があって…」
今回の中古住宅の購入と住み替えが節税になるかどうかは、詳しく事情をうかがわないと回答できませんが、なにより筆者が気になったのは、近藤さんの話のなかに、関係する家族・親族のことがまったく出てこないという点でした。
「奥さんと妹さんはこの件について、どのようなご意見を持たれていますか?」
「妻と妹ですか? 2人とも母のことを気にかけているので、問題ありません」
筆者は、次回打ち合わせ時には資産関連の資料を持参し、まずはご夫婦一緒に来てほしいとお願いし、初回の打ち合わせを終了しました。
「いまから義母と同居しても、お互い疲れるだけかと」
2回目の打ち合わせの日、筆者が提携先の税理士とともに近藤さんご夫婦を待っていると、約束した時間どおり、お2人が事務所にやってきました。予想していましたが、奥さんは非常に険しい表情です。
「ご夫婦で話し合って、いかがでしたか?」
「それが…」
1回目の打ち合わせのあと自宅に戻り、奥さんに話したところ、大変な剣幕で怒られてしまったそうです。
「別に義母との関係は悪くないですが、いまさら新しい家で同居を開始したところで、お互いに気を使って疲弊するじゃないですか。それをいくら説明しても〈家族なんだから、なにも気にすることないじゃないか〉って…。本当にわかってないんですよ、この人は」
奥さんは、近藤さんの言葉をさえぎって一気に話すと、鋭い目で近藤さんを睨みました。近藤さんはうつむき、奥さんと目を合わせようとしません。奥さんはかまわず言葉を続けます。
「それよりあなた、お母さんと話していて心配にならないの?」
「なにが?」
「〈なにが?〉じゃないでしょう。お母さんの受け答え、最近おかしいって思わないの? 私は〈認知症かもしれない〉って、ずっといってるじゃない」
「ごめん、そんなこといった?」
「いい加減にしてよ…!〈お母さん、今日はこんなことおっしゃっていて、大丈夫なのかしら?〉っていっても、〈べつにおかしくない〉〈年寄りなんだから〉って聞きもしないじゃない。何度もいうと〈おふくろをバカにするのか!〉って、怒りはじめて…」
「ごめん、覚えてない…」
奥さんは苛立たしそうに、プイっと顔をそむけてしまいました。
「そもそもお義母さんは、同居をご希望なの?」
近藤さんの奥さんは、同居するよりも、義母には介護施設へ入ってもらった方が安心だと主張します。
「義母のことが心配で、義妹に連絡したことがあるんです。義妹は〈そうなのよね、いまはまだ大丈夫だけれど、これからが不安よね〉って…」
筆者に事情を説明した奥さんは、近藤さんに向きなおり、
「優子ちゃん(義妹)が、〈なにかあったらすぐ施設に入れるよう、しっかり調べておくわね〉っていってくれて、私のほうでも調べておくっていったこと、話したわよね!」
厳しい口調で近藤さんに詰め寄りますが、近藤さんは、
「でもさ、そばに家族がいるのに、介護施設って…。そんなのかわいそうじゃないですか、ねぇ、先生」
近藤さんが筆者に話しかけると、奥さんはより一層険しい目で近藤さんを睨みつけました。
「そもそもお義母さんは、あなたとの同居を希望してるの? 私、そんなお話一度も聞いたことないんだけど!」
近藤さんは、奥さんの言葉に黙り込みました。
節税のためにストレスをかかえるのは、お勧めできない
相続時の節税に有効な特例である「小規模宅地等の特例」は、住宅(特定居住用宅地)の場合、330平方メートルを上限として、相続税の課税額が80%減免されます。ですが、相続人は「同居していた実績がある」「自分の家を持たない」等の一定の条件を満たす必要があります(国税庁:「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例〈小規模宅地等の特例〉」参照)。
近藤さんの母親は80代と高齢ですが、いつ相続になるかはだれにもわかりません。いままで自分たちのペースで生活してきた大人同士が同居すれば、お互いストレスになるのは当然でしょう。
相続税を節税するための条件をそろえて同居したところで、その生活自体がストレスとなり、おまけに何年続くかもわからないといった状況は、心身の健康上、ぜひとも回避したいところです。
節税のための選択肢はいくつかある
いままでの生活のリズムを大切にしながら、快適な毎日を過ごすには、同居による節税ではなく、金融資産で不動産対策をして、貸付用の特例を適用する方法があります。また、母親にはケアつきの高齢者住宅に住み替えてもらい、自宅は賃貸住宅に建て替える方法も検討できます。
同席した税理士から説明を受けた近藤さん夫婦は、複数の選択肢があることを知って安堵されたようでした。
「いくら節税したところで、大切な人生にストレスを抱えては意味がありませんので…」
筆者がそういうと、奥さんは深くうなずきました。
「本当にその通りですよね。義母のためになるよう、今後をどうするか、義妹も交えてしっかり検討していきたいと思います」
近藤さんは黙って下を向いていました。
相続対策も大切ですが、そのためにがまんを重ねて無理をするようなことになっては本末転倒です。また、対策するにしても、親族間で打ち合わせ、方向性をそろえなければ、いい結果へ着地させることはできません。
筆者と税理士が、あらためてそう説明すると、
「母と妹も交えて、しっかり話し合ってきます」
近藤さんはそういうと頭を下げ、奥さんと一緒に事務所を後されました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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