タックスヘイブンとは、日本語で租税回避地や低課税地域と呼ばれている地域・国をいいます。2016年に話題となったパナマ文書や、2010年に告発されたパンドラ文書の影響で悪いイメージを持つ人も多いかもしれません。
しかし、法律の範囲内でタックスヘイブンを活用することで、節税メリットを享受することが可能です。活用するメリットや問題点などについて解説します。
1. タックスヘイブンとは「租税を回避できる場所」のこと
タックスヘイブンとは、租税を回避できる国や地域のことです。タックスヘイブンは、よくタックスヘブン(Tax Heaven、税金天国)と勘違いする人も多いですが、まったく別の言葉です。ヘイブン(Haven)という言葉は本来「港」を意味していましたが、転じて「安息地」「避難所」という意味を持つようになりました。
1.1. タックスヘイブンの定義と特徴とは?
定義は、下記の通りです。
- 納税義務が免除されている国や地域
- 納税義務が著しく軽減されている国や地域
タックスヘイブンには、マネーロンダリング(資金洗浄)や脱税のように負のイメージがあるのは事実です。しかし、当該国・地域の財務戦略のひとつであり、タックスヘイブン税制を活用することは、グレーゾーンではありますが明確に違法というわけではありません。税制は主権を有する国や地域が自主的に決めるものなので、他国や他の地域が口出しできるものではないのです。
世界中の富裕層・企業が、収益を得た際に課せられる多額の税金を回避する目的で、便宜的に企業の本社をタックスヘイブンに登記しているケースがあります。こうした方法によって、本国で課せられる税金を低く抑制しているのです。
1.2. 節税の仕組み|ポイントは国ごとに異なる税制
課税制度は主権国家にとって、自国の財政に関する非常に重要な仕組みのひとつです。その国や地域で自主的に税制を決定することができるので、国・地域が異なれば税制も異なっていることが一般的です。
特定の国・地域では租税をゼロ、もしくは限りなくゼロに近い制度(タックスヘイブン制度)をとっている場合があります。自国への投資を呼び込んだり、他国との経済交流を活発にしたりする目的を果たす代わりに、税制の優遇を制度化しているのです。
2. 税優遇の種類別タックスヘイブンの国や地域
多くは、産業や資産、資源などが少ない小さな国・地域、発展途上国などがタックスヘイブンとなっています。税制を優遇することによって海外の企業が集まり、新たに雇用が生まれます。また、企業を設立する際に発生する代行サービス業務や、金融機関業務から収益を得ることが可能だからです。
したがって、節税を目的にしている企業・個人のみならず、タックスヘイブンの国・地域にもメリットがあるのです。
現在では、タックスヘイブンの定義に当てはまる国・地域は約50あるといわれています。ひとくちにタックスヘイブンといっても、下記の表のようにいくつかの種類があります。
種類 |
特徴 |
国・地域 |
タックス パラダイス |
無税 |
ケイマン諸島・バハマ・バミューダ・バーレーン・ ブリティッシュバージンアイランド・マーシャル諸島など |
タックス リゾート |
特定の事業に 限り優遇 |
イギリス・アイルランド・オランダ・ルクセンブルク・ リヒテンシュタイン・など |
タックス シェルター |
国外・地域外の 所得に課税をしない |
パナマ・コスタリカ・マレーシア・リベリアなど |
低税率国 |
日本に比べて 法人税が低い |
香港・マカオ・シンガポール・台湾・キプロス・モンテネグロなど |
次の章ではその種類について詳しく解説します。
2.1.【タックスパラダイス】無税
税金がまったく課されることがない(無税の)国・地域をタックスパラダイスといいます。タックスパラダイスは間違いなく「税金天国」を意味しています。詳細に説明すると、「まったく税金が課されることがない」「租税条約(税金に関する自国以外の諸国とのルールや取り決めごと)が締結されていない」国・地域のことです。
タックスパラダイスの国・地域としては、ケイマン諸島・バハマ・バミューダ・バーレーン・ブリティッシュバージンアイランド・マーシャル諸島などを挙げることができます。
タックスパラダイスはタックスヘイブンのなかでも最も租税負担が低い国・地域といえます。
2.2.【タックスリゾート】特定の事業に限り優遇
タックスリゾートとは、タックスヘイブンで特定の企業や事業活動に限定して税制上の優遇措置を適用している国・地域のことです。
具体的なタックスリゾートの国・地域としては、イギリス・アイルランド・オランダ・ルクセンブルク・リヒテンシュタインなどを挙げることができます。
具体例を挙げると、上述したアイルランドにおける通常の法人税の税率は12.5%(2022年時点)ですが、企業の特許・知的財産に関連する利益に課せられる法人税率は6.25%と、通常の1/2ほどの低率になっています。
アイルランドの法人税率の低さは、OECD加盟諸国からやり玉に挙げられてきました。しかし、2021年末には、「国際的な最低税率が15%超に設定されるルールはアイルランドには適用されず、12.5%の税率を維持できる確約も得た」としています。
2.3.【タックスシェルター】国外での所得が非課税に
タックスヘイブンのなかで国外・地域外の所得に課税をしない国・地域をタックスシェルターといいます。日本においても、1990年ごろからタックスシェルターを利用した租税回避行為が見受けられるようになりました。
その行為が悪質とされたものについては、否認された例もありますが、いくつかの訴訟では当局が敗訴したものもあります。現在では、米国のタックスシェルターに対する法規制は強化されています。今後、我が国におけるタックスシェルターへの対応方針について注目が必要です。
タックスシェルターの国・地域としては、パナマ・コスタリカ・マレーシア・リベリアなどを挙げることができます。
2.4.【低税率国】日本に比べて法人税が低い
期末の資本金または出資金が1億円以上の企業における日本の法人税率(2022年時点)は23.2%です。この税率は米国などと同様に、世界でも抜きん出て高い税率となっています。
こうした高い税率を嫌い、自国よりも低い法人税率の国・地域に脱出、あるいは本社を移転させる企業もあります。国際的に非常に有名な企業でも、日本では税金を払っていないケースもあるのです。
タックスヘイブンを上手に利用したタックスプランニングは、特に国際的な事業展開を行っている企業にとっては非常に重要な経営戦略として位置付けられています。
低税率国・地域としては、香港・マカオ・シンガポール・台湾・キプロス・モンテネグロなどを挙げることができます。
3. タックスヘイブンには新興国や企業にとってメリットあり
タックスヘイブンを利用する企業や個人には、税制上のメリット(課税される金額が減るなど)があります。さらに、タックスヘイブン税制を制度化している国・地域にも地元の雇用促進や事務所設立の登記費用獲得などのメリットがあります。
企業がタックスヘイブンを利用する場合には、迅速に事業展開が可能になるというメリットが挙げられます。簡単に会社を設立することができるので、申請・認可などに要する時間を節約することでスピーディーにビジネスを展開・推進することができるのです。
さらに、二重課税を回避することができるメリットも挙げることができます。二重課税とは、同じ納税者や同じ取引・事業に対して、同じカテゴリーの租税が重複して課されることをいいます。
たとえば、日本に本店がある企業は、日本国外で獲得した利益に対しても日本の法人税が課せられます。しかし、海外の支店で稼いだ所得に対しても、その国の法人税が課せられてしまう場合があります。こうして二重に税金が取られてしまうことを、二重課税と呼びます。
こうした二重課税を防止するために、国と国の間で租税条約を締結しています。条約を締結していない国での所得には二重課税のリスクが残ります。しかし、タックスヘイブンを活用して国際的な事業展開を進めることで、二重課税のリスクから解放される可能性が高いといえます。
4. タックスヘイブンを利用するのは違法?問題点を2つ解説
タックスヘイブンは法律の範囲内で利用していれば違法ではありません。しかし、利用することで懸念される問題があることも事実です。以下にタックスヘイブンを利用する場合の問題について解説します。
4.1. 問題点1:日本の税収が減り経済格差が広がる
タックスヘイブンを利用すると、日本で税金を支払う必要がなかったり、低い税額の納付で済んでしまったりするので、日本の税収が減少する可能性があります。
税収は日本の国家予算の基礎を支えている重要な要素です。税収が減るということは、国際競争力が弱まることに繋がります。他国に比べて税収が減少することで、経済格差が拡大することも懸念されます。
タックスヘイブンを利用している企業にとっては税額が減少するメリットがありますが、国ベースで考えると経済力の弱体化を招く可能性があるという問題点があるのです。
4.2. 問題点2:マネーロンダリングの温床になる恐れがある
タックスヘイブンはマネーロンダリングの温床になる可能性があります。
マネーロンダリングは日本語で「資金洗浄」と呼ばれています。犯罪行為(麻薬取引など)や不正金融取引などで得た資金を、タックスヘイブンを通してあたかも正当な資金のように装う金融取引のことです。
世界的にマネーロンダリングは大きな問題になっており、マネーロンダリングの防止は特に先進国にとっては大きな課題です。タックスヘイブンがマネーロンダリングの温床になっているという指摘があるので、各国と連携して資金洗浄に関与しなくなるような対策が求められているのです。
4.3. 利用は合法だが推奨されるものではない
タックスヘイブンそのものは法律の範囲内で取引が実施されているのであれば、明確に違法とはいえません。その利用は合法といえます。
しかし、上述した問題点があることは確かです。タックスヘイブン制度を濫用して税金逃れを画策することは、限りなくグレーに近い取引をしていると考えることもできるのです。
法令を遵守することは当然ですが、法令を遵守していればよいということではありません。企業は社会的な立場や評判も非常に重要です。節税も重要な経営方針ではありますが、ネガティブな印象を持つ人も多いです。
場合によっては、タックスヘイブンの活用によって企業のレピュテーション(評判)が大きく低下してしまう可能性も考えられます。したがって、その利用は推奨されるものではありません。
5. タックスヘイブンにまつわる有名な事件3つ
タックスヘイブンは合法だが推奨されるものではないと述べてきましたが、ネガティブな印象を持たれることになった有名な事件が3つあります。ここではタックスヘイブンに関する有名な3つの事件について解説します。
事件①:パナマ文書
パナマ文書とは、パナマの法律事務所であるモサック・フォンセカが作成した、世界中の大富豪や有名企業などが関与している租税回避行為について記載されている機密文書です。
パナマ文書は1870年代から作成された膨大な量の文書であり、文書総数は1,150万件にも上っています。この文書には、タックスヘイブンを利用している21万4,000社もの企業の株主・取締役などの詳しい情報が記載されています。
こうした企業の関係者として、数多くの有名な政治家や富裕層のみならず、公的組織も含まれています。2016年5月に情報漏洩をきっかけに公表され、世間を大きく騒がせることになりました。アイルランドの首相は、パナマ文書の公開によって辞任に追い込まれています。
事件②:パンドラ文書
パンドラ文書もパナマ文書と同様に、租税回避行為に関する一連の機密文書を指します。パンドラ文書事件は、タックスヘイヴンに法人や組合を設立することを専門業務としている14の信託会社や法律事務所から、1,190万件超の文書が外部に流出した事件です。
こうした一連の文書の大部分は1996年から2020年にかけて作成されており、2021年10月初めにパンドラ文書と名付けられ報道が本格化しました。パナマ文書と同じく世界的に著名な人物や企業・富裕層が租税回避行為に関与したことが明らかとなる内容です。また。詐欺や不正行為で告発された人物が財産を隠し持っていることも判明しています。
事件③:ガーンジー島事件
日本の損害保険会社が、チャネル諸島ガーンジーに子会社を設立して納税していました。
ガーンジー島の税制は、一定の要件を満たしていれば「外国資本法人の所得税(日本の法人税に相当)」の税率を選択申請できるというものでした。
具体的には、税務当局の承認を前提条件として、0%超30%以下の比率から税率を選択して申請することが可能、という制度です。そのため、その子会社は26%の税率を選んで納税していました。
当時の我が国においては、25%以下の税率の外国・地域に関しては、タックスヘイブン対策税制が適用されていました。そのため、25%以下の税率を選ぶと、タックスヘイブン対策税制が適用され、子会社の所得についても日本の税率(当時の法人税率30%)が適用されてしまうため、26%を選択しました。
しかし、税務当局は、ガーンジー島の税制によって納付される税金は「外国法人税」には該当しないと判断しました。ガーンジー島の子会社にはタックスヘイブン対策税制が適用されるとし、ガーンジー島子会社の所得を合算する課税処分を実施しました。損害保険会社はこの処分を不服とし、裁判で争われることになりました。
第一審である東京地裁及び東京高裁(控訴審)は税務当局の判断を支持したものの、最高裁では、原告の主張が全面的に認められ勝訴しました。2009年12月に最高裁の判決が下されたこの事案をガーンジー島事件といいます。
その後、税制改正により、ガーンジー島の税制を利用した節税対策はできなくなりました。
6.【タックスヘイブンへの規制強化】日本の対策税制
タックスヘイブンを利用した租税回避行為を防ぐために、タックスヘイブンの規制を強化する目的の対策税制があります。「外国子会社合算税制」などのタックスヘイブン対策税制の概要について解説します。
6.1. 対策税制の「外国子会社合算税制」とは?
タックスヘイブン対策税制といえば、最初に「外国子会社合算税制」が挙げられるようになっています。外国子会社合算税制とは、一定の条件に当てはまる外国関係会社の所得に相当する金額を国内の企業などにおける所得とみなして、これと合算する課税制度です。
ただし、外国関係会社の当該事業年度の税負担割合が20%以上の場合、受動的所得の収入金額の合計が2,000万円以下の場合は、適用免除となります。
なお、受動的所得とは、株の配当・譲渡損益、受取利息、無形資産の使用料、のように主体的に行動しなくても得られる所得のことをいいます。
6.2. 対策税制が適用になる特定外国関係会社の3分類
タックスヘイブン対策税制の適用対象となる特定外国関係会社は、下記の3種類に分類されます。
ペーパーカンパニー |
登記上は設立されているものの事業活動をしている実態がない 外国関係会社 |
キャッシュボックス |
下記2つの条件を満たす外国関係会社
|
ブラックリストカンパニー |
租税に関する情報開示にきちんと回答しないような非協力的な 国・地域に本社・事業所を設置している外国関係会社 |
6.3. 対策税制の適用外になる基準
タックスヘイブン税制の適用を受けるか否かは、まずは下記の2つを基準に判断します。
適用条件① |
持ち株比率が50%以上あること |
適用条件② |
租税負担の割合が20%未満であること |
上記2つの条件を充足した場合に、この基準を満たすことになります。続いて行うのが、当該会社がペーパーカンパニーではなく、事業を行うための施設を有しているかの検討を行う実態基準です。
タックスヘイブン対策税制の目的は、実態がない会社を利用した課税逃れを防ぐことにあるので、企業としての実態がきちんとあれば外国子会社合算税制は適用が除外されます。
企業に実態があるかどうかは、たとえば、その子会社にオフィスがちゃんと存在している、スタッフをはじめとする事業を実施するための経営資源がきちんと備わっている、などを挙げることができます。
6.4. 対策税制の適用で追徴課税された例
タックスヘイブン税制を利用して納税負担を回避しようとする企業などに対して、実際に対策税制が適用されて追徴課税されたケースがあります。税務当局を訴えた原告の主張と、どのような部分が争点になったのかについて詳しく解説します。
6.4.1. サンリオ|東京国税局から受けた追徴課税処分は約13億円
最初に、東京国税局から多額の追徴課税処分を受けたサンリオの事例についてご紹介します。追徴課税額は約13億円です。
東京国税局は、サンリオが有する香港や台湾の子会社が外国子会社合算税制の適用除外の基準に該当しないとして、追徴課税処分とすることとしました。
この判断に対してサンリオは真っ向から反論し、法廷闘争を繰り広げました。
6.4.2. 海外子会社の所得が問題となった
東京国税局は、サンリオの香港と台湾の子会社における2017年3月期〜21年3月期の5事業年度分の所得約42億円は、本来であれば、日本の親会社(サンリオ本体)の所得と合算して日本で申告すべきであるとしました。
日本で正しい申告を怠った、という理由で更正(税務当局による処分)処分が下されて、地方税なども含めて、約13億円の追徴課税の処分を受けました。
しかし、サンリオ側は香港および台湾の子会社はきちんとした事業実態を備えており、これまでも適正に納税申告をしてきたとして、東京高等裁判所に控訴しました。しかし、2021年11月24日にサンリオの控訴を棄却する控訴審判決がなされました。
その後、控訴審を不服として、サンリオは2021年12月7日に最高裁判所に上告及び上告受理の申立てをしていました。
しかし、2022年8月10日に上告棄却及び上告不受理の決定が下されて、サンリオの敗訴が決定しています。
6.4.3. ポイントとなった「経済活動基準」とは
サンリオの法廷闘争においては経済活動基準がポイントになりました。我が国においては2017年に大きな税制改正が実施されて、タックスヘイブン対策税制の適用範囲が大幅に広がりました(租税回避行為に対する規制が根本的に強化された)。
タックスヘイブン対策税制における「経済活動基準」には、以下の4つの基準があります。
①事業基準 |
当該企業の主な事業が株式の保有などの一定の事業ではない |
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②実体基準 |
本店所在地において、主たる事業を営むために必要な事業所などを 設置していること |
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③管理支配基準 |
本店が所在している国において、事業の管理・支配・運営を 当該企業が自ら実施していること |
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④ |
非関連者基準 |
非関連者との取引が50%を超えていること |
所在地国基準 |
主に本店所在地国で主な事業を行っていること |
上記の4つの基準をすべて充足しないと、経済活動基準を満たしていないと判定されます。基準の充足を判定するポイントは、何が主たる事業なのかということです。主たる事業の判定次第では、上記の要件を満たさないと判定されてしまうケースもあるのです。
7. EUやOECDの租税回避策や対タックスヘイブン規制
日本以外の先進諸国においても、タックスヘイブンを利用した租税回避は大きな問題となっています。EUやOECDに加盟している先進諸国でも租税回避策への対応や、規制への取り組みが進められています。
7.1. EUは租税回避対策としてブラックリストを作成している
EUは2017年12月5日にベルギーのブリュッセルで開催された財務相理事会において、タックスヘイブンに関するEU共通のブラックリストを承認しました。ブラックリストには17の国・地域が掲載されました。
今後EUが一体となってモニタリング(監視)する体制を整備して、リスト掲載国に対して課税ルールを見直すよう圧力をかけることが目的です。しかし、制裁の導入に関してはEU加盟国内に足並みの乱れも生じています。今後、どうやって実質的な効力を確保していくのかが重要な課題となるでしょう。
2022年10月4日に開催されたEU財務相会合ではブラックリストの見直しが行われ、現在では12地域が指定されています。
これまでリスト掲載国の削除や追加が適宜実施されてきました。
7.2. OECDは新たな規制導入を目指している
OECD(経済協力開発機構)は、外国からの企業誘致を目的として税の引き下げ競争が繰り広げられている状況は、課税の根幹が浸食されることにより経済活動が歪むおそれがあると加盟国に警告してきました。そこでOECDは、新たなタックスヘイブン規制の導入を目指すことを決めました。
規制①:デジタル課税
デジタル課税とは、デジタル化した経済に対応すべく考えられた国際課税ルールです。
現状設けられている国際的な課税ルールでは、国内に支店・工場などの物理的な拠点が存在しない外国籍の企業には、原則として課税することができません。
デジタル課税は、インターネットを活用してグローバルなビジネスを展開しているGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple、の4社の頭文字をつなげた造語)に代表される、巨大企業を対象にしています。対象となる企業は全世界で100社程度と予測されています。
規制②:ミニマムタックス
ミニマムタックスとは、利益を上げた国がどこであろうと納税率が最低税率を下回らないようにするための制度です。デジタル課税と同様に、グローバル企業を対象にしています。
具体的には、実際に負担している税率(実効税率)が最低税率を下回ると本国の親会社に上乗せして課税されます。
多くの日本企業は積極的な租税回避行為を行っていないので、日本企業には大きな影響はないと考えられています。しかし、世界的な傾向として、タックスヘイブンに代表される租税回避に対して、規制が強化されつつあるということには留意しておくべきです。
なお、デジタル税制もミニマムタックスも、OECDは2023年からの導入を目指しています。
8. タックスヘイブンの活用方法|やり方は主に3種類ある
タックスヘイブンを活用する方法には、タックスヘイブンに法人設立・移転を行う、タックスヘイブンにペーパーカンパニーを設ける、オフショア銀行の口座を開設する、の3つを挙げることができます。以下に詳しく解説します。
方法①:タックスヘイブンへの法人設立・移転を行う
最もリスクの少ない方法が、法人をタックスヘイブンが適用されている国・地域に設立、あるいは移転して事業を運営する方法です。ただし、ビジネスの内容によっては困難なケースがあるので、あらかじめ確認しておくことが必要になります。
一般的な企業にとってはあまり現実的ではないかもしれません。オフィスを保有していない投資家のような仕事で、日本にオフィスや店舗といった資産を保有していないケースであれば、この方法を利用することが可能です。
方法②:タックスヘイブンにペーパーカンパニーを設ける
ペーパーカンパニーとはダミー会社と呼ばれることもあり、法人登記はされているのに事業実態がない会社をいいます。ペーパーカンパニーを設立する方法は、かつてよく利用されていました。タックスヘイブンにペーパーカンパニーを自社の子会社として設立し、日本の親会社(本社)から送金するという方法が代表的でした。
ただし、現在では改正されたタックスヘイブン対策税制がすでに施行されており、ペーパーカンパニーを設立することに関しては一定の規制がされています。現状ではあまり有効な方法とはいえないでしょう。
方法③:オフショア銀行の口座を開設する
オフショア銀行の口座開設とは、オフショア口座、つまり「海外に存在している銀行口座」を活用する方法をいいます。
上述した2つの方法では、タックスヘイブンで税制優遇を受けることができることを説明しましたが、タックスヘイブン銀行口座を開設することによって、その国の税金が課されることになります。日本国内の銀行口座を利用するよりも、高い預金利率の利息を受けることが可能になります。
日本国内の銀行のほうが利息に課せられる税金が高い場合は、実際に受け取る利息が海外口座の利息よりも低くなるからです。
9. タックスヘイブンは個人の相続税対策にも利用される
日本の相続税の税率は世界的に見ても非常に高く、相続人にとって相続税対策は必要不可欠だといえます。タックスヘイブンを利用すれば個人の相続税対策をすることも可能です。タックスヘイブンを利用してできる相続税対策について説明します。
9.1. タックスヘイブンを使った相続税の対策方法
租税を回避するためにタックスヘイブンを利用する方法は、全世界で実施されています。しかし、日本に在住している人が相続税の支払いを回避することは非常に困難です。なぜならば、近年における日本の相続税は、数年ごとに改正を繰り返しており、特に海外の資産に対する課税を強化しているからです。
日本の相続税は、被相続人(死亡した人)と相続人が居住している場所や国籍によって、課税の対象となる相続財産が違っています。
具体的には、被相続人が日本に住んでいたケースでは、被相続人が保有していたすべての国内外の相続財産が相続税の対象になります。国外財産には、タックスヘイブンに属している財産も含まれます。したがって、財産をタックスヘイブンの国・地域に移した場合でも、相続税を回避することは難しいです。
日本に居住している人が相続税を回避することは非常に難しいのですが、それでも手段がまったくないわけではありません。相続開始時点の財産に相続税は課されるので、被相続人の生前中に財産を移動させてしまえば、原則として相続税の対象外となります。
生前贈与は贈与税の対象ではありますが、タックスヘイブンを利用することによって税負担を軽減することが可能です。
9.2. 節税対策は最新情報を確認し慎重に行おう
タックスヘイブンを利用した相続税対策のような節税対策は、最新の情報に基づいて焦らず慎重に実行することが重要です。税金関連の法令やルールは高い頻度で改正が実施されることが多いので、古い情報に基づいて節税対策を実行してしまうと、想定外の多額の税金を課せられてしまうリスクがあります。
また、自分勝手に税務ルールを解釈することも非常に危険です。税務に関する知識は非常に範囲が幅広く、複雑なため素人にはわかりにくいルールがたくさんあります。必要に応じて、税務当局や税理士などの専門家に相談・確認することも大切でしょう。
10. タックスヘイブンへ移住して個人的に節税する人もいる
タックスヘイブンは企業のみならず、個人に課される税金も軽減できる可能性があります。個人がタックスヘイブンに移住して節税するケースが代表例です。タックスヘイブンと日本の個人に課される税率の差が節税になる大きな理由です。
具体的な違いについて解説します。
10.1. 節税のために海外移住するのに向いているのはこんな人
節税を目的とした海外移住に向いている人として、日本国内に土地や建物などの不動産資産を保有していない人を挙げることができます。国内に土地や不動産を保有している人は、日本で固定資産税などの税金を納める必要があります。
海外に住んでいても国内に不動産を持っているだけで、税金だけでなく費用が発生する可能性もあります。建物が老朽化して近隣に危険を及ぼすようなことになれば大問題です。このような場合には、修繕費などが発生します。
したがって、国内に不動産を保有しているにもかかわらず海外に移住するような場合には、海外に移住する前に不動産の処分を済ませておくことをおすすめします。将来的に日本に帰国する予定がある方は、自分が日本国内にいない期間の不動産の管理ができるように対応しておく必要があります。
10.2. アジア諸国の税率と日本の税率
世界でも日本の税率は高いといわれていますが、アジア諸国と所得税の税率を比較してみます。日本の所得税は累進課税を採用しており、所得金額によって税率が異なります。最低が5%(所得金額1,000円から1,949,000円まで)で、最高が45%(所得金額40,000,000円以上)です。
これに対して、アジア各国の所得税率は日本よりも低く設定されているケースが多いです。たとえば、シンガポールの所得税の税率は最低で0%、最高で22%とされています。また、タイの所得税の税率は、最低0%、最高35%となっています。
このように、日本よりも所得税の税率が低い国に移住することで可処分所得が増えて、余裕のある生活を送ることができる可能性があります。しかし、現地で働くような場合に、日本で働いていた場合と同じ水準の給与を受け取ることが可能かどうか、といった点も非常に重要です。安い税率だけで移住を決断することは危険です。
10.3. 海外移住を検討するときのポイント
海外移住を検討する場合は、ビザを取得できるかどうかを確認することが重要です。ビザは入国査証とも呼ばれており、目的に応じてさまざまな種類があります。観光目的であれば観光ビザ、働くことが目的であれば就労ビザが、それぞれ必要になります。国によっては取得が難しいビザもあるので、事前に確認しておきましょう。
次に、現地で生活するために必要な資金がどのくらいなのか、把握しておくことが重要です。
日本とは物価も異なり、必要な物資も違っていることは十分に考えられます。移住はしたものの、お金が足りなくて日本に帰国せざるを得なかった、ということのないように、生活に必要な資金額はあらかじめシミュレーションしておくことを推奨します。
日本に資産を残しておくと、自分にもしものことがあった場合には相続の対象資産となり、相続税が発生するおそれがあります。したがって、日本に帰国する可能性が低いのであれば、日本の資産は海外移住する前に処分しておくべきです。今後の負担がなくなるためおすすめです。
海外に移住したあとに、日本に保有していた建物が台風で壊れて近所に迷惑をかけるようなケースも考えられます。日本に住んでいなければ、知人や親戚に対応をお願いしなければなりません。こうした煩わしさを避けるためにも、日本にいたときに保有していた資産はきれいに処分しておきましょう。
10.4. 租税回避を防ぐCRSと国外財産調書にも注意
CRS(Common Reporting Standard)とは、2014年にOECDが情報交換のために公表した国際的な統一基準です。CRSの導入によって、各国の税務当局間で非居住者が保有する金融期間の口座情報を交換し合うことが可能になりました。
CRSによる銀行口座情報の自動的な交換制度が実施されることにより、当該国の税務当局を通して、日本人が開設している詳しい口座情報が日本の税務当局にも提供されます。
また、国外財産調書制度とは、富裕層に対して海外資産の内容を税務署に届け出るよう求める制度のことです。海外で保有している資産に適切に課税することを目的に、2014年(平成26年)1月から施行されている制度です。
どちらも国際的な課税逃れ対策を目的とする制度といえます。海外に移住する場合は、こうしたCRSや国外財産調書にも注意を払うことが必要です。
まとめ
タックスヘイブンを利用することは、違法ではないもののグレーゾーンの行為だと考えられています。先進国を中心に、タックスヘイブン対策税制も打ち出されています。
タックスヘイブンを上手に利用することで節税メリットを享受することも可能ですが、利用する際には税務当局や税理士などの専門家に利用の可否をあらかじめ確認しておくことが重要です。