CAT債のコンセプトはできるだけ純粋な「保険リスク」
幾田 災害とCAT債の関係についてはある程度わかってきましたが、債券である以上は信用リスクとは無縁ではないということにもなりますでしょうか。
新原 CAT債のストラクチャーでは、自然災害などに基づく保険リスク以外のリスクに関して、可能な限り排除されています。CAT債に投資された資金は特別目的会社の信託勘定に入れられ、トリガーイベントが発生した場合のみ発行体がその資金を回収できますが、そうでなければ投資家に償還されることになります。
信託勘定にプールされる資金(コラテラル)は、信用力の高い国債等で運用されるのが一般的です。特にリーマンショック以降は運用ルールが厳格化され、短期米国債MMFまたは世界銀行債が指定されるストラクチャーがほとんどを占めます。また発行体やトリガー算定会社のデフォルトなどの際には、債券がそのまま早期償還されることになります。また、クーポン金利は変動形式(フローター)を取ることが通常なので、一般的な金利変動からの影響(センシティビティ)も最小限に抑えられる形となっています。
このようにCAT債ができるだけ純粋な保険リスクを取るように設計することで、景気変動等との低い相関性を維持することができているといえるかと思います。
「セカンダリー市場」で取引は市場規模の1割程度
幾田 流動性についてお伺いしたいと思います。市場規模から察するに、あまり流動性が高い市場ではないイメージがあるのですが、実際のところはどれくらい頻繁に売買されているものなのでしょうか?
新原 株式市場のように日々全銘柄が売買されるイメージとは異なりますが、CAT債市場においては一定の流動性が存在します。社債等の取引を集計するTRACE(Trade Reporting and Compliance Engine)のデータに基づけば、2018年はセカンダリー市場で20億ドルから30億ドルくらいがトレードされたと見られます。
幾田 そうなりますと、市場規模の1割程度がセカンダリー市場で売買されたということになりますね。
新原 はい、そもそもCAT債がバイ&ホールドに適した形となっていること、スプレッド水準がここ数年縮小してきたことなどから、投資家がセカンダリトレードにやや消極的になってきたことも背景にあると思います。ただやはり重要なのは、CAT債が保険関連投資の中でほとんど唯一流動性を持つ投資だということです。CAT債の流動性は、日々の取引高というよりも、いざというときの換金流動性に実績があり、古くはLTCM危機時やリーマンショック時にも比較的小さなディスカウントで換金売りがなされた数少ないアセットクラスであることも、特筆すべき点です。
またセカンダリ流動性により、これまで見えにくかった再保険の価格にリアルタイムの透明性を付与した点でも画期的だと考えられます。CAT債市場の拡大につれて、プライシングの主導権は再保険市場からCAT債/保険リンク証券市場へと変化しつつあるように見受けられます。
災害発生前後の一定期間に、取引が活発化する場合も
幾田 CAT債について色々と調べておりますと、よく「ライブCAT」と「ディストレストCAT」という言葉が出てきます。これらについてご説明いただけますか?
新原 ライブCATというのは、主としてハリケーン上陸などのトリガーイベント直前に行われるCAT債トレードのことです。イベントが元本毀損につながるかどうかを見極めながらトレードされるので、非常にボラティリティが高まった状態のCAT債トレードになります。
ディストレストCATというのは、既に元本毀損はほぼ織り込まれているのですが、まだ棄損割合などが確定していない段階でのCAT債トレードです。不確実性を織り込んでビッドアスクが広がった状態であることが多く、このような状態は、イベント発生後数ヶ月から数年続くこともあります。
共に、元本毀損を恐れて保有するCAT債を手放す投資家もいれば、逆にそれがチャンスと見て積極的に拾いにいく投資家もおり、バイ&ホールドとは異なる一つの投資機会を市場に提供しています。