賃金抑制は非正規社員の拡大だった
■異質な「人件費削減策」がもたらしたもの
人々の不安心理は年金や医療制度だけが原因ではありません。企業の経営姿勢も国民の行動に大きな影響を及ぼしています。
日本企業の多くは1990年代以降、ほとんど業績を拡大することができていません。このため日本人の賃金は下がる一方となっています。経営が苦しくなると、人件費を削減するのはどこの国でも同じですが、日本企業の対応は特に異質なものでした。
本格的な業績低迷が始まった2000年以降、日本企業が最初に手を付けたのは、非正規社員の拡大でした。日本では同じ労働をしていても、正社員と非正規社員との間には経済合理性では説明のつかない格差が存在しています。
賃金の高い正社員を、賃金が極端に安く終身雇用する必要がない非正規社員に切り換えることで、企業は一方的なコストダウンを図りました。同じ労働をしているにもかかわらず、賃金だけが下がったわけですから、日本全体で見れば、購買力の著しい低下を促します。これが賃金の伸び悩みと消費の低迷につながった可能性は高いでしょう。
企業が行ったもうひとつの取り組みは正社員間の世代格差の拡大です。
多くの企業が年功序列型の賃金体系を採用していることから、日本では社員の年齢が上がるとスキルや成果にかかわらず、賃金が自動的に上がっていきます。この仕組みにも明確な経済合理性は存在しませんから、先ほどの非正規社員の話と同様、年齢を基準にしたある種の身分社会と見なしてよいかもしれません。
この仕組みを維持したまま、総人件費を引き下げようとすると、新卒社員の年収を下げるという形にならざるを得ません。企業の中には、入社年が違うだけで同じ勤続年数の社員の年収に2倍の差がつくところも出てきているようです。同じ能力の人間を採用し、同じ仕事に従事させているにもかかわらず、入社時期で年収に2倍の差が付くことに経済的な合理性は存在しません。
しかしながら、こうした賃金の偏りは多くの企業で観察できる現象と言えます。このようなことを行えば、若年層の購買力が一気に下がり、消費に悪影響を及ぼすことはほぼ自明の理といってよいでしょう。
政府の税制もこうした企業の行動を後押した面があります。
安倍政権は財界からの強い要請を受け、任期中に3回も法人減税を実施し、これによって日本の法人税率は大きく下がりました。
企業が高い税率に苦しんでいることが景気低迷の原因であれば、減税は景気にプラスとなります。しかし日本の法人税率は以前から引き下げが行われており、安倍政権のスタート時にはすでに20%代まで下がっていました。こうした状況でさらに税率を下げても、大きな効果は見込めません。それどころか、一連の減税は大企業経営者のモラルを低下させた可能性が濃厚です。
下図は資本金10億円以上の大企業における業績推移を示したものですが、売上高と利益率の推移を見ると興味深い事実が分かります。
企業全体として見た場合、過去10年間で売上高はほとんど変わっていません。売上げというのはすべてのビジネスの基本であり、売上高が伸びていないということは、基本的に日本企業の業績が拡大していないことを意味しています。ところが本業による儲けを示す営業利益は売上高が伸びていないにもかかわらず、ある程度の伸びを示していました。これは先ほどから説明しているように、非正規社員の増加や若年層の賃金引き下げによって経費を削減したからです。
さらに注目すべきなのは、税金を差し引いた後の利益である当期純利益です。
営業利益は税金を差し引く前の利益ですから、通常、当期純利益は営業利益よりも小さくなります。ところが2013年以降、純利益率が顕著に増加し、現在では営業利益率と純利益率に大差がありません。これは明らかに減税の効果であり、日本企業の利益率が拡大したといっても、減税でゲタを履かせた結果であることは一目瞭然です。
本来、企業は売上高を伸ばすという形で業績を拡大する必要がありますが、安易な減税で見かけ上の業績を拡大したに過ぎません。これでは経営者は何もしなくても成果をあげられるという話になりますから、一部の経営者は努力を放棄してしまうでしょう。
いわゆるサラリーマン経営者にその傾向が顕著ですが、経営努力をせずに業績を拡大できる状況に置かれると、リスクの高いことは実施せず、自分の任期中を無難に過ごすことばかり考えてしまいます。結果的に日本企業の多くは、次世代の成長のカギを握る設備投資を抑制し、内部留保だけを蓄積するという状況に陥っているのです。
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