(※写真はイメージです/PIXTA)

2021年9月、光触媒の発見者であり、ノーベル賞候補にも名前があがる藤嶋昭東京理科大元学長を中心とする研究グループが、中国の上海理工大に移籍することになりました。日本では実績のある研究者でも予算を確保するのは至難の技といわれています。経済評論家の加谷珪一氏が著書『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)で解説します。

日本の頭脳が中国の大学に移籍?

日本人は言われたことだけを一心不乱に続けることは得意ですが、アイデアを出して創造的に取り組みましょうと指示されると途端に右往左往してしまいます。

 

与えられた課題をこなすのは得意だが、創造性を発揮するのは苦手、という日本人の特質は、次世代の技術を担う研究開発にも深刻な影響を及ぼしています。日本人にも創造性のある人材は存在していますが、社会がそれを受け入れず、才能を開花させる仕組みがないため、多くの頭脳が海外に流出しているのです。

 

2021年9月、光触媒の発見者であり、ノーベル賞候補にも名前があがる藤嶋昭東京理科大元学長を中心とする研究グループが、中国の上海理工大に移籍することになりました。同大学は今後、光触媒に関する国際的な研究所を設置する考えで、藤嶋氏らのチームはその中核的な人材となるそうです。

 

日本の頭脳とも言える人材が中国に流出したことについて、井上信治科学技術担当相(当時)は「非常に大きな危機感を感じている」と述べ、優秀な研究者が国内で研究を継続できる環境を整える必要があるとの考えを示しました。

 

自民党の甘利明税調会長(当時)は自身のツイッターで「国益は? と怒りを覚えますが、研究者は純粋な探究心が行動原理でより良い研究を求めます。半分は国家の責任です」と述べています。

 

甘利氏は、半分は国家の責任であるとの見解ですが、日本政府の科学技術に対する取り組みを考えた場合、こうした事態を招いたのはほぼ100%政府の責任であると言わざるを得ません。と言うよりも日本社会全体の価値観がこうした創造的な研究の邪魔をしているというのが現実でしょう。

 

2019年における日本の研究開発投資額は約1700億ドルとなっており、米国や中国の3分の1の水準でしかありません(OECD調べ)。日本の研究開発投資は過去10年間ほぼ横ばいという状況が続いており、両国との差は拡大する一方です。このところ韓国も急ピッチで投資額を増やしており、日本の投資抑制が続けば、韓国に追いつかれる可能性も否定できません。

 

一部からは研究者の移籍は国益に反するので規制すべきだという意見や、重点分野を絞った支援が必要との声も聞かれます。甘利氏による「怒りを感じる」という発言もそうですが、こうした意見はサイエンスを知らない人による、ある種の幻想と言っていいものです。

 

そしてこうした意識の根底には、先ほどから繰り返し説明している、与えられた課題をこなすことしかできない受験勉強型の思考回路というものがあり、それが日本社会の風潮に大きな影響を与えているのです。もう少し詳しく説明してみましょう。

 

研究者にとって研究環境というのは生命線に近いものであり、良質な研究環境が得られるのかは、自身の報酬などとは比較にならないくらい重要な問題です。その点について、日本の状況はあまりにもお粗末と言わざるを得ません。

 

日本ではそれなりの実績のある研究者でも予算を確保するのは至難の技であり、ましてや大学院を出たばかりの研究者の場合、自身の生活を成り立たせることも困難という状況です。

 

一方、中国では、博士号を取得したばかりの新米研究者でも、すぐに複数名のアシスタントと研究室をセットにしたオファーが寄せられる状況であり、思い切って自分の研究に没頭できます。

 

もちろん諸外国における研究者の競争は激しく、契約した期間で目立った成果が出せなければ支援は打ち切りになってしまいますが、野心に燃える若い研究者にとっては、研究環境について好条件が提示されることは何よりのモチベーションとなります。

 

こうした環境構築に資金を投じていない以上、いくら愛国心などを煽ったところでほとんど効果は発揮しないでしょう。

 

次ページ日本でイノベーションが生まれないワケ

本連載は加谷珪一氏の著書『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)から一部を抜粋し、再編集したものです。

縮小ニッポンの再興戦略

縮小ニッポンの再興戦略

加谷 珪一

マガジンハウス新書

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