オフィスビルを建設すると賃金が抑制される?
■オフィスビルの建設ラッシュも消費に悪影響?
大企業経営者を甘やかす社会風潮はさらなる悪循環を生み出します。
企業というのは本来、利益を上げるために存在しますから、市場見通しが悪化したからといって何もしないという選択肢は本来、あり得ません。ところが日本企業の経営者は、新規の設備投資抑制と内部留保の拡大に走ってしまいました。
本連載で繰り返し指摘してきたように、設備投資は経済拡大の呼び水となる重要な支出項目です。企業はこれを大幅に絞り、お金を眠らせている状況ですから、当然、景気には大きなマイナス要因となります。こうした状況に対処するため、政府はたびたび設備投資を増やすよう企業に要請しましたが、企業側が取った行動は驚くべきものでした。
本来、設備投資というのは、ビジネスの先行投資として実施するものですから、店舗や工場、倉庫などが中心となります。もし市場の見通しが暗い場合には、新規事業など新しい取り組みに対して投資をするか、海外など別な場所に機会を見出すというのが基本的なセオリーです。ところが多くの日本企業が選択したのは、ビルの建て替えなど、オフィス設備の更新でした。
ここ数年、大都市圏ではまだ使えるビルが取り壊され、次々と新しいオフィスビルが建設されています。一部の論者は日本経済が成長に向けて動き出した証拠だと主張していますが、経済学的に見た場合、この理屈は当てはまりません。確かにビルがたくさん建設されていれば、視覚的には景気がよくなったように見えるかもしれませんが、実需を無視したビル建設は最終的には労働者の賃金を抑制するのです。
個別企業にとってみれば、新しいビルを建設することで高い賃料が得られますから、当面の収益は拡大したように感じるでしょう。しかし、経済全体で見た場合、まだ使えるビルを取り壊して新しいビルを建設することは、決して効率のよいことではありません。その理由は、ビルを建て替えた場合、新しいビルの減価償却に加え、以前のビルの減価償却(マクロ経済では固定資本減耗)も経済全体で負担する必要があるからです。
労働者の賃金というのは、企業が得た付加価値から減価償却を差し引き、残った金額の中から捻出されます。経済全体で減価償却が不必要に増加した場合、減らされるのは労働者の賃金となる可能性が高いのです。結局のところ、作り過ぎたインフラのツケを支払うのは一般労働者ということになります。こうしたメカニズムは外からは見えにくいものですが、ジワジワと労働者の生活を圧迫することになるでしょう。
実際、経済統計を見ると、企業の減価償却に相当する固定資本減耗の割合は高めの水準が続いています。企業会計に当てはめれば、資産が過大になっており、減価償却負担が利益を圧迫しているという図式です。これはオフィスビルだけのせいではありませんが、日本経済全体としてムダな投資ばかりしており、経済成長に貢献していないという状況であることは間違いありません。こうしたムダな投資が続いてしまう原因のひとつとして考えられるのが、量的緩和策による金余りです。
量的緩和策の実施によって市場には大量のマネーが供給されましたが、国内の消費や設備投資は伸びておらず、銀行は新しい融資先の開拓に苦慮しています。銀行は事業の性質上、過度なリスクを取ることができません。現時点において多額の資金を必要としている企業は経営状態が悪いところがほとんどですから、銀行は貸したくても貸せないというのがホンネでしょう。
こうした中、銀行にとって唯一安心して融資できる先が、都市部の不動産物件といことになります。量的緩和策によって有り余ったマネーの一部が、都市部の不動産開発に押し寄せ、これがオフィスビルの建設ラッシュを引き起こしたと考えられます。
経済合理性を欠く、こうした一連の企業行動は最終的には賃金の抑制という形で国民生活を圧迫し、消費をさらに減らす可能性があります。日本が消費主導型経済に移行しているにもかかわらず、肝心の消費が増えないことにはこうした背景があり、一連の状況において財政出動や金融政策、減税などを行っても、十分な効果は発揮されないのです。
加谷 珪一
経済評論家
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