引き出された預貯金を「遺産に戻す」ことは可能か?
山田さんの姉の回答は、①生前の出金は母から頼まれて引き出したもので、母に渡した後は知らない、②死後の出金は葬儀費用に用いたものであり、遺産から支出する、または姉弟が平等に負担すべきである、という内容でした。
預貯金の使い込みを追及した際の反論として「被相続人が自ら引き出した」または「被相続人から頼まれて引き出した」「被相続人のために使った」などがよくなされます。
これらの反論が事実であるかどうか検証するにあたっては、病院や介護施設の記録を入手して出金当時の被相続人の判断能力を調べたり、被相続人のために使ったという場合にはその裏付け(領収書等)の開示を求めたりすることが重要です。
山田さんの場合、老人ホームの介護記録を取り寄せたところ、3年前のお母様は重度の認知症で、判断能力がなかったことがわかりました。また、お母様の生活に必要な物品は老人ホームの利用料で賄われており、特段必要な支出がなかったことも判明しました。
これらの事実を突きつけると、山田さんの姉は、預貯金を引き出し、自身の口座に入金していたことを認めました。
他方、死後の出金の葬儀費用については、領収書(お布施など、領収書がないものは手書きのメモ)が開示されました。葬儀費用を誰が負担するかについては争いがあり、裁判例も分かれるところですが(葬儀費用は喪主が負担すべきと判断した高等裁判所の判決もあります)、山田さんは、葬儀費用くらいは平等に負担して構わないという考えであったため、葬儀費用は遺産から支出することに同意しました。
こうして山田さんと姉と遺産分割協議は無事にまとまりました。
相手方が使い込みを認めない場合の対処法
山田さんの場合は遺産分割協議でまとまりましたが、協議でまとまらなければ、どのように解決することになるのでしょうか。
遺産分割協議や調停、審判においては、相手方が使い込みを認めるのであれば、それを前提に手続きを進めることが可能です。
他方、相手方が使い込みを認めなければ、使い込んだお金を遺産に組み入れることはできないため、遺産分割の手続きにおいて解決することはできません。この場合、別途、民事裁判として不当利得返還請求等を行うことになり、証拠等の客観的な資料によって相手方が使い込みをしたことを立証する必要があります。
実際には、別途民事訴訟を行うとなれば、互いに時間も費用もかかってしまいますので、明らかな証拠があれば協議や調停段階で相手方が使い込みを認めることが多く、証拠が乏しければ、結局民事訴訟は断念するという流れになることも少なくありません。
老親の口座管理をしている側にも、細心の注意が必要
今回は、特にトラブルとなりやすい預貯金の使い込みについてご説明しました。
親族の使い込みが疑われる方は、専門家に依頼し、資料の取り付けと調査を行い、交渉を進めることが重要となります。
反対に、現在ご両親の金銭管理をされている方は、後々の紛争を避けるためにも、ご自身の家計と別に口座を管理し、領収書等はきちんと保管しておきましょう。
國丸 知宏
弁護士法人菰田総合法律事務所
弁護士
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