(※写真はイメージです/PIXTA)

自宅に妻をひとり残し、長年にわたって愛人と別のマンションで暮らしていた男性が急逝。男性は遺言書を作成しており、そこには「自宅は愛人へ遺贈する」とあったことから、夫婦の一人息子は母の身を案じ、慌てますが…。相続問題の解決に定評がある、弁護士法人菰田総合法律事務所の國丸知宏弁護士が事例をもとに解説します。

「父が〈母には何も相続させない〉という遺言書を…」

本日ご相談に来られたのは、40代の男性Aさんです。先日亡くなった父親の遺言について相談したいとのことでした。

 

「父の相続人は私と母の2人です。父は遺言を作成していたようで、確認したところ、①自宅マンションは交際相手B子に遺贈する、②預貯金その他残りの財産はすべて息子である私に相続させる、③母には何も相続させない、という内容になっていました」

 

遺言の内容をまとめると、以下のようになります。

 

B子さん(父親の交際相手)…自宅マンション(3000万円)

Aさん(相談者)…その他(預貯金1000万円)

Aさんの母親…なし

 

話を聞くと、Aさんの両親は20年程前から別居しており、以降、Aさんの実家の父親名義のマンションには、母親がひとりで暮らし、父親は別に家を借りて交際関係にあったB子さんと一緒に暮らしていたとのことです。Aさんの両親は、別居後一切連絡を取ることがなかったものの、Aさんと父親との関係は悪くはなく、ときにはB子さんも交えて3人で食事をするなどの交流を重ねてきました。

 

Aさんとしては父親が長年疎遠であった母親に財産を残さないと決断した気持ちは理解しながらも、やはり母親のことが心配なようです。

 

「母が住んでいるマンションがB子さんのものになったら、母は自宅を失います。B子さんと話したところ、〈私には安定した収入があるから、マンションはいらないわ〉といっていました。私も、母が他界して母の財産を相続するまでは、ひとまず父の財産はすべて母が取得して、生活の足しにしてほしいと思っています」

 

Aさんも、父親の遺言とは異なり、母親にすべての財産を取得させたいと考えていました。

法律上「遺贈の放棄」は可能か?

「遺贈」というのは、遺言書で財産を譲り渡す行為をいい、遺贈を受ける人のことを「受遺者」といいます。B子さんのように、遺贈を断る・拒否する(これを「遺贈の放棄」といいます)ことはできるのでしょうか。

 

結論をいうと、遺贈の放棄は可能です。実際にも、遺贈を受けた財産が不要である、または遺贈を受けることが相続人に申し訳ない等の理由から、遺贈の放棄をする方は珍しくありません。遺贈には2種類あり、それぞれ手続が異なります。

 

(1)包括遺贈の場合

「包括遺贈」とは、遺産の全部または一部を一定の割合で示してする遺贈をいいます。たとえば、「一切の財産をCに遺贈する」「Cに全財産の3分の1を遺贈する」というようなものです。包括遺贈を受けた受遺者は、相続人と同一の権利義務を有することになります。

 

そのため、包括遺贈の放棄の手続は、相続放棄と同様に、自己のために包括遺贈があることを知ったときから3カ月以内に、家庭裁判所に申述をしておこないます。

 

(2)特定遺贈の場合 

「特定遺贈」とは、受遺者に与えられる目的物が特定されている遺贈をいいます。今回のB子さんへの遺贈のように、自宅マンションという不動産が遺贈の目的物になっている場合は、これに当たります。

 

特定遺贈の場合、受遺者は、いつでも遺贈の放棄をすることができ、その効力は、遺言者の死亡の時に遡って生じます。なお、遺贈の承認や放棄をおこなった受遺者は、これを撤回することはできません。

 

遺贈の放棄の方法に定めはないので、口頭での放棄も可能ではありますが、後々のトラブルを避けるためにも、書面による遺贈の放棄をおこないましょう。

遺言と異なる遺産分割はできるのか

そこでAさんは、B子さんから、遺贈を放棄するという旨の書面に署名押印してもらい、押印した印鑑の印鑑証明書を交付してもらいました。

 

B子さんが遺贈を放棄したことにより、自宅マンションの遺贈は最初からなかったことになりました。そのため、遺言に従えば、Aさんが自宅マンションを含めすべてを相続することになります。

 

しかしAさんは、遺言と異なり、母親にすべてを相続させたいと考えています。遺言と異なる遺産分割をおこなうことは可能でしょうか。

 

(1)遺言執行者がいる場合

遺言書において、「遺言執行者」が指定されている場合があります。「遺言執行者」とは、遺言の内容に基づき、相続に関する手続(財産目録の作成、預貯金の解約、不動産の登記等)を進める人のことをいいます。

 

遺言執行者は遺言内容に従って執行することが本来の職務であるため、遺言の内容と異なる分割を相続人全員から求められても、遺言に基づいた執行をすることができます。他方、遺言執行者が遺言と異なる遺産分割に同意した場合には、その遺産分割は有効となります。

 

通常は、相続人全員が遺言と異なる遺産分割を望んだ場合、その内容が遺言の趣旨に反しないものであれば、遺言執行者はこれに同意するため、遺産分割は有効となります。

 

(2)遺言執行者がいない場合

遺言書において遺言執行者が指定されていないときは、相続人全員の合意があり、受遺者がいる場合には、受遺者による遺贈の放棄の意思表示があれば、遺言と異なる遺産分割をおこなうことが可能です。これは、遺産分割において、相続人の自由な意思を尊重するという理念があるためです。

 

今回、Aさんの父親の遺言には、遺言執行者の指定はありませんでした。Aさんが母親に「すべての財産を取得してはどうか」と提案したところ、財産をもらえるのであれば嬉しい、との回答だったため、そのように遺産分割を進めることにしました。

相続人が「遺言と異なる遺産分割」を希望することも…

遺言にしたがって相続する場合、預貯金の解約や不動産の名義変更手続等の手続は、遺言書(とその他必要書類)があればおこなうことができます。

 

しかし、遺言と異なる遺産分割をおこなう場合には、遺言書の記載と異なる人が財産を取得することになるため、遺言書を用いて手続を進めることはできません。遺言書が存在しない場合のように、遺産分割協議書を作成し、その協議書を用いて手続をおこなうことになります。

 

Aさんと母親は、母親が財産をすべて取得する旨の遺産分割協議書を作成し、無事に預貯金や自宅マンションの相続手続を終えました。

 

被相続人の遺志を尊重することは重要ですが、様々な事情から、相続人が遺言と異なる遺産分割を希望することもあります。この場合は、相続人間でよく話し合いをおこなうことが不可欠です。また、遺産分割協議をおこなう際には、協議書の作成が必要となります。協議の段階から専門家に依頼すると、スムーズに進めることができるでしょう。

 

 

國丸 知宏
弁護士法人菰田総合法律事務所
弁護士

 

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