(※写真はイメージです/PIXTA)

ある男性は、病気をきっかけに自分の相続について考えるようになりました。男性の相続人は、再婚した妻と、前妻との間にもうけた娘の2人。現在の妻に全財産を渡したいのですが、娘に「遺留分侵害額請求権」を行使されると、妻は自宅を手放すことになります。あれこれと対策を考えますが…。相続問題の解決に定評がある、弁護士法人菰田総合法律事務所の國丸知宏弁護士が事例をもとに解説します。

60代男性、いまの妻に全財産を相続させたい

先日、60代男性のAさんという方が、筆者の事務所を訪れました。遺言書の作成について相談したいということでした。

 

Aさんは、最近になって大きな病気を患ったことから、先のことが心配になり、遺言書の作成を思い立ったそうです。

 

「病気の私を親身に世話してくれた妻に、全財産を渡したいと思っています。妻とは20年前に結婚し、子どもはいません。実は私には離婚歴があり、前妻との間に娘が1人います。娘とは、30年前に前妻と離婚して以降も定期的に交流があり、最近は孫の顔を見せに来てくれるなど、関係は良好なのですが…」

 

Aさんの娘さんが、Aさんの財産を相続したいと思っているかどうかは不明とのことですが、Aさんは娘さんに「遺留分」というものがあると知り、「全財産を妻に渡す」という遺言を書いても問題ないのかを知りたいということでした。

 

Aさんのように、前妻との間に子どもがいるけれども、後妻に全財産を残したい場合や、複数の子どもがいるなかで、同居して世話をしてくれた1人に全財産を渡したい場合など、「ある特定の1人に全財産を相続させたい」という相談は、非常に多く見られます。

 

今回は、そのような場合に問題となる「遺留分」について説明します。

遺言内容は自由でも、娘には「遺留分」があるので…

被相続人は、遺言を作成することで、自分の財産を誰にどのくらい渡すか、自由に決めることができます。しかし、完全に自由に決められるとすると、残された家族の生活保障を保護する観点から妥当でない場合があります。そこで、民法上、兄弟姉妹以外の法定相続人には最低限度の取り分が確保されており、この取り分のことを「遺留分」といいます。

 

以前は、遺留分を侵害された人は「遺留分減殺請求権」を行使できる、と定められていましたが、平成31年に改正民法が施行され、「遺留分侵害額請求権」を行使できる、という内容に変更されました。

 

両者の内容は基本的には同じですが、遺留分減殺請求の場合は、金銭請求ではなく現物返還が原則とされていたのに対し(そのため、改正前は、遺産であった不動産が、遺留分権利者と不動産の受遺者とで共有になることがありました)、遺留分侵害額請求の場合は、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを請求することになりました。

 

具体的な遺留分の額は、相続財産に「2分の1(直系尊属(両親や祖父母)のみが相続人の場合は3分の1)×個人の法定相続分」という遺留分割合を掛けて求められます。 

 

Aさんの場合を見てみましょう。

 

Aさんの現時点での財産は、以下のようになっていました。

 

自宅不動産(土地・建物)…6,000万円

預貯金…………………………2,000万円

合計……………………………8,000万円

 

Aさんの相続人は妻と娘ですので、法定相続分はそれぞれ2分の1となります。

 

つまり、娘の遺留分割合は4分の1(2分の1×2分の1)となり、Aさんの現時点での財産をもとに計算すれば、2,000万円(8,000万円×4分の1)の遺留分を有するということになります。

今のうちに、自宅を妻に生前贈与するというのは?

Aさんには、考えがあるようです。

 

「遺留分については理解しました。もし娘が妻に2,000万円を請求したら、預貯金はすべてなくなります。そうすると、妻は自宅を手放さないといけないですよね。それでは、今のうちに、妻に自宅を生前贈与するというのはどうでしょう? そうしたら、私の財産は2,000万円になって、娘の遺留分額は4分の1の500万円ですよね。もし娘から遺留侵害額請求をされても、妻が500万円を支払うことは可能だと思います」

 

しかし、そう簡単ではありません。Aさんが妻に自宅不動産を贈与することが「特別受益」に当たるのではないか、という問題があります。

 

「特別受益」とは、複数人の相続人がいるなかで、特定の相続人が被相続人から特別な利益を受けていた場合の受益分のこと​をいいます。遺産分割において、特別受益がある場合には、特別受益分を相続開始時点の相続財産に加えて(これを特別受益の「持ち戻し」といいます)、その上で各相続人の具体的な相続分を算出します。

 

特別受益にあたるのは、相続開始後に受けた遺贈、または、生前贈与のうち、婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与などです。一般に、不動産の贈与は生計の資本としての贈与とされ、特別受益に当たります。今回のケースでも、Aさんが妻に6,000万円もの不動産を生前贈与することは、特別受益に当たるといえるでしょう。

 

遺産分割の場合には、特別受益にあたる場合でも、遺言書等で「持ち戻し免除」の意思表示をすれば、特別受益を持ち戻さないこと(特別受益分を相続財産に考慮しないこと)も可能です。また、民法改正によって、Aさん夫妻のように、婚姻期間が20年以上の配偶者間で居住用不動産が遺贈・贈与された場合は、遺言書等に記載がなくても、持ち戻し免除の意思表示が推定されます(民法903条4項)。

 

他方、遺産分割と異なり、遺留分の算定にあたっては、持ち戻し免除の制度はありません。もっとも、すべての特別受益が遺留分の算定において考慮されるわけではなく、民法改正により、遺留分の算定において、相続人に対する贈与は、相続開始前10年前にしたものに限り財産の価額に算入される、となりました(民法1044条)。

 

つまり、Aさんがこれから妻に不動産を生前贈与し、Aさんの相続開始が10年以上先であれば、不動産の価格は遺留分算定のための財産の価額に含まれない(娘の遺留分は預貯金の4分の1のみ)ということになります。

 

反対に、もしAさんが10年以内に亡くなってしまった場合には、不動産の価額もAさんの財産に加えて遺留分が算定される(娘の遺留分は不動産と預貯金の合計の4分の1)、ということになります。 

 

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