日本でイノベーションが生まれないワケ
ではなぜ日本ではこうした画期的な研究に資金が投じられないのでしょうか。それは、有望な特定分野に絞って重点投資するという従来型の価値観からどうしても抜け出せないからです。
基礎研究というものは、何らかの成果を事前に狙って実現できるようなものではありません。画期的な研究というのは、偶然も含め事前にまったく予想できなかった分野から生まれてくるケースがほとんどで、政府がコントロールすることは基本的に不可能です。
もし良質な研究成果を得たければ、分野を限定せず、広範囲に潤沢な資金を投じるしか方法はありません。これは基礎研究に限らず、企業におけるイノベーションでもまったく同じことが当てはまります。
日本政府が、特定の産業分野に的を絞って政府が支援を行うという、いわゆるターゲティング・ポリシーに固執しており、失敗を繰り返してきたという話をしました。付加価値が低い産業しか存在しない途上国ならいざ知らず、高度なイノベーションが求められる先進国において、ターゲティング・ポリシーはほとんど効果がないことはほぼ立証されている事実です。
応用分野ですらこうした状況ですから、基礎研究の分野においてあらかじめ成果を予想するというのは、ごく一部の分野を除いて、ほとんど意味がありません(素粒子物理学など大規模な装置を建設すれば、一定数の論文本数が見込めるといったケースは存在しますが、あくまで例外です)。
サイエンスについて少しでも知見のある人なら、有望な研究分野を事前に選定するという考え方は「私は予言者であり、未来をすべて見通すことができる」というトンデモ発言に近いものであることを理解しているはず。
ところが、日本ではどういうわけかこの常識が通用しません。あらかじめ答えが決まっている受験勉強型の思考回路から抜け出すことができず、「重点分野に積極的に投資せよ!」という勇ましい意見が幅を効かせているのが現実なのです。
2021年10月にノーベル物理学賞を受賞した日系アメリカ人の真鍋淑郎氏の経歴を見ると、日本と諸外国の違いがよく分かります。
真鍋氏は日本人として生まれ、日本の大学で教育を受けましたが、真鍋氏は大学院を卒業するとすぐに渡米しており、以後、ずっと米国を拠点に研究活動を行っています(真鍋氏は渡米後、米国籍を取得しましたから、米国人ということになります)。
真鍋氏が米国に渡ったのは、米国の気象局から仕事のオファーがあったからですが、当時の真鍋氏は大学院を出たばかりなので、一人前の研究者とは言えません。しかし、米気象局は真鍋氏の博士論文を目に留め、内容が画期的だったことから間髪入れずにオファーを出したのです。
日本の研究機関や行政組織が、海外の小国における学生の論文まで精査し、優秀な人材を即座にスカウトするなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことでしょう。
当時の米気象局では、成果を出せるかどうかも分からない大学院を出たばかりの外国人研究者を採用することで、米国人研究者の採用枠は1つ減ったはずです。国籍にかかわらず、優秀な人物の採用を優先するというコンセンサスが社会に出来上がっていなければ、こうした決断は不可能です。
ちなみに真鍋氏は渡米後、一度も研究開発計画を書いたことがないそうです。
画期的な学術成果を求めているのなら、潤沢な予算を確保し、優秀な人材にやりたいように研究をやらせるしか方法はありません。支援した研究の多くが何も成果を出せず、ムダに終わってしまうことについても社会的合意を得る必要があります。
しかし日本社会では、先ほども説明したように、「役に立つ研究に予算を付けろ」という声高な意見が強く、柔軟な予算配分は不可能です。
加谷 珪一
経済評論家
↓コチラも読まれています
ハーバード大学が運用で大成功!「オルタナティブ投資」は何が凄いのか
富裕層向け「J-ARC」新築RC造マンションが高い資産価値を維持する理由