(※写真はイメージです/PIXTA)

1970年に「生命科学」という分野の創出に関与し、早稲田大学、大阪大学で教鞭をとった理学博士の中村桂子氏。生物を知るには構造や機能を解明するだけでなく、その歴史と関係を調べる必要があるとして「生命誌」という新分野を創りました。そして、「歴史的文脈」「文明との相互関係」も見つめ、科学の枠に収まらない知見で生命を広く総合的に論じてきました。科学者である彼女が、年齢を重ねた今こそ正面から向き合える「人間はどういう生き物か」「人として生きるとは」への答えを、著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)として発表。自身が敬愛する各界の著名人たちの名言を交えつつ、穏やかに語りかける本書から、現代人の明日へのヒントとなり得る言葉を紹介します。

「上手に年齢を重ねているなあ」と思う人の佇まい

「老いる」と聞くとなぜか「衰える」を連想してしまいますが、実際には年を重ねているわけです。一年一年を過ごす中で、見たり、聞いたり、触れたりとさまざまな体験をしますので、そこから得た知恵が体の中に入っているはずです。

 

ここで強調したいのは、知識ではなく知恵が体のあちこちに存在するようになるという感覚です。これは年をとることでしか手に入らない喜びなのではないでしょうか。こちらに目を向ければ、衰えるではなく、豊かになると言えましょう。

 

私がお目にかかった方や直接は存じあげないけれどもニュースで知った方など、これまで接してきた方の中には上手に年齢を重ねていらしたなあと思う方がたくさんいらっしゃいます。

 

いつまでも若々しくて年齢を感じさせないというのではなく、むしろ上手に老いていく姿がとても魅力的でいいなあと思うのです。自然体ですね。

 

年をとることを意識しすぎて年寄りっぽくなってしまうのでもなく、そうかと言って年を忘れているのでもない……まさに自然に生きるというのがピタリと合う、そういう方です。

 

25年ほど前にお目にかかってそう感じたのが染色・織物で人間国宝の志村ふくみさんです。初めてお目にかかった時の私は60歳になったところでした。

 

志村さんはちょうど一まわり上ですので70代に入り、白髪をゆったり後ろに詰め、紬(つむぎ)の着物をお召しになっていらっしゃる様子をすてきだなあとうっとり眺めたのを思い出します。

 

工房にお邪魔したので周りにはさまざまな色の糸がありました。楓(かえで)や桜の枝からえもいわれぬ優しいピンク色をそっと取り出して染めた糸で織られた布は、人間の力だけではつくり出せない美しさを見せてくれます。

人間国宝・志村ふくみさんの言葉

志村さんの言葉です。

 

「空や海、虹や夕焼けの色は、ものに付いているものではないから手で触れることはできません。葉っぱや大地は色がものになりきっています。

 

私の仕事はこの中間にあってものの中にある色が溶けこんできた液体を用いて糸を染めるのです。色が出てくる時に、パッと手を添えてそのお手伝いをしているのです。出しゃばると色はそっぽを向いてしまうんです」 (生命誌研究館ホームページより要約)

 

すてきだと思いませんか。自然の色が出てきて糸に入っていくのをお手伝いする。このお手伝いはとても大事なのだけれど、出しゃばって私が染めてるんだと思ったらうまく染まりませんとおっしゃる、長い間の経験を踏まえた言葉には説得力があります。

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本連載は、中村桂子氏の著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)から一部を抜粋し、再構成したものです。

老いを愛づる

老いを愛づる

中村 桂子

中公新書ラクレ

白髪を染めるのをやめてみた。庭掃除もほどほどに。大谷翔平君や藤井聡君にときめく――自然体で暮らせば、年をとるのも悪くない。人間も生きものだから、自然の摂理に素直になろう。ただ気掛かりなのは、環境、感染症、戦争、…

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