わからないことを一番たくさん持っているのが科学者
話は清兵衛からずれてしまいました。萱野は論語を詠みながら「お針を習えば自分で着物が縫えるようになる(だから習う意味がよくわかる)。でも学問は何の役に立つんだろう」と聞きます。
清兵衛はしばらく考えて、「学問すれば考える力がつく。考える力がつくと世の中どう変わってもなんとかして生きていける」と答えるのです。
(中略)
勉強といえば「覚える」という言葉を思い出して、教科書に書いてあることや先生のお話を頭に詰め込もうとしがちですが、そうではありませんよね。もちろん覚えなければならないことはあります。文字や九九などは考える時の基本として必要です。
でも覚えることが目的なのではなく、自分で考えられるようになることが大事だというのはその通りでしょう。自分で考えていると、時に今教えられていることは本当にそうなのかなと思うことだって出てきます。
先生のおっしゃる通りと信じ込むばかりでは新しいものは生まれません。疑問を持つことからしか新しいものは生まれないのです。
世の中は疑問だらけです。私はたまたま科学という分野にいるものですから、よく答えを求められます。
科学者は何かを知っている人とされているようなのですが、実は、科学では次々わからないことが生まれてきます。調べれば調べるほどわからないことが出てくるのが実態です。
わからないことを一番たくさん持っているのが科学者ともいえそうです。そこから新しいものが生まれ、これまでにないことができるようになる。人間の社会はそうやって新しいものを見つけ、楽しんできたのです。
山田洋次監督はいつも、社会の権威に向けて疑問をぶつける作品を世に出していらっしゃいます。自分で考えて、本当に大事なことを見つけながら生きる普通の人を描いているところに共感します。
これからの社会ではますますこのような生き方が大事になるのではないでしょうか。
中村 桂子
理学博士
JT生命誌研究館 名誉館長