数年にわたって勤務しているのに「報・連・相」すらまともにできないうえ、勝手に契約書を作成するなど、会社に大損害を与えかねない行動をとる従業員。会社は困り果て、人事担当者が解雇の方法を探りますが、現実はなかなか厳しくて…。山村法律事務所の弁護士、寺田健郎氏が解説します。

「報・連・相」すらできない問題従業員を解雇したい

ある中小企業の人事担当の方が、問題社員の解雇について相談に来られました。

 

その問題社員は入社10年目にもかかわらず、新入社員が最初に指導される「報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)」ができないばかりか、上司の指示を聞かずに自分の判断で勝手に行動するといった問題を繰り返しているということでした。

 

そしてついに、上司が「契約書を作成して」と頼んだ際、通常なら契約書のひな型を作成後〈上司に確認→権限を持った人が契約〉…という流れを無視し、あろうことかその社員1人で契約書を作成し、勝手に契約を結んでしまったというのです。

 

会社のチェック体制にも問題があるといえるのですが、それにしても、万一契約書に不備があれば、会社に大きな損害を与えかねない大問題です。

 

「契約書の一件については、内容に不備がなかったため、損害こそありませんでしたが、このような問題行動が何回も続いているのです。会社側からの処罰として、解雇することはできないでしょうか?」

 

相談の主旨は、このようなものでした。

「能力不足解雇」に該当する事案だと推察されるが…

法的には、どんなにその社員が問題行動ばかり起こしていたとしても「問題行動を起こしているから」という理由だけで解雇が認められることはありません。それよりも、労働裁判の判例に「能力不足解雇」というものがあることから、それに該当する事案ではないかと筆者は考えました。

 

しかし、今回の従業員のように、5~10年といったある程度の期間にわたって働いてきた社員を、いきなり「能力不足」として解雇するには無理があります。

 

そのため、解雇に持っていくには、新入社員が受けるような初期の研修をもう一度受けさせ、それでもなお行動が改善されないということを、明確にする必要があります。この段階を踏まなければ、裁判等に発展した場合、「不当解雇」という判決に至る可能性があるからです。

 

労働者の能力不足によって会社に損害が生じているか、もしくは、運営業務に支障が発生している場合は、裁判に発展しても適法と認められやすくなりますが、具体的な損害等が生じていない場合は、解雇が認められるハードルが上がってしまいます。

 

また、解雇理由としたミスが、本当に本人のミスなのかが立証できなければ、こちらも不当解雇とされてしまう可能性があります。

 

そのほかにも、当該社員の能力不足やミスが原因で解雇をしたとしても、本人が賃上げ要求や待遇面の改善、労働組合への加入などで会社とトラブルがあった場合、裁判所は「能力不足というのは表向きで、本当は待遇改善などのトラブルを隠すために解雇した」と判断されてしまう可能性があるため、注意が必要です。

 

上記のような理由で、裁判所から「不当解雇」との判決が下された場合、企業は、一度解雇してから「解雇がなかった」として復職するまでの期間分の給与の支払い命令を受けるリスクもあります。

 

もし従業員を解雇したいと考えているなら、上述した諸々の条件を満たしているかどうか、慎重に注意して検討することが必要です。

「能力不足での解雇は無理だが、この書類があれば…」

先ほどの問題社員の事例ですが、筆者は、

 

●問題行動を繰り返してはいるものの、会社に多大な損害を与えているわけではない

●いまから初歩的な研修を受けさせれば、逆に会社側のハラスメントになる可能性がある

 

以上の点から「能力不足による解雇はできない」ということを、相談者の方にお話ししました。

 

しかし、「解雇はできないが、〈退職合意書〉を書かせることはできれば、退職に持ち込むことは可能です」とアドバイスをしました。

 

解雇は難しいのですが、退職合意書があれば、双方とも退職についての合意があることになるので、退職させることができます。

 

退職合意書に「清算条項」を記載すれば、退職後に未払いの賃金や残業代の請求することや、ハラスメントを受けた等の理由で損害賠償を起こされることもありませんし、「合意後に求償等を行わない」ということを記載すれば、会社に解雇された、という訴訟を起こされることもなくなります。

 

そのほかにも、秘密保持に関する条項と、それに違反した際の措置を記載すれば、機密情報の故意的な漏えいを防ぐことができます。

 

ところが、人事担当者の方が問題社員に退職合意を持ち掛けたところ、その社員は「鬱になった」といって休職してしまったとのことで、問題解決までにはまだ時間がかかりそうです。

経営者側も「法律違反がないかどうか」改めて確認を

今回ご紹介したのは、社員のほうに問題行動があったケースでしたが、中小企業などでは、正式な労働契約書がないことも多く、残業代や労働時間、辞めるときのルール等が定まっていないケースが散見されるため、それが原因となって裁判等のトラブルに発展することがあります。

 

法的手続きが整備されていない状態での会社経営の結果、トラブルになることも少なくありません。経営上のリスクを回避するためにも、経営者の方々には、今一度「労働契約」の見直しをお勧めします。

 

(※登場人物の名前は仮名です。守秘義務の関係上、実際の事例から変更している部分があります。)

 

 

寺田 健郎
山村法律事務所 弁護士

 

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