バブル崩壊から30年、日本人の給料はほとんど伸びておらず、また、現状においては伸びる見通しも立っていません。なぜこのような状況になってしまったのか。そこには「タテ社会」という社会構造的な問題点がありました。本記事では、日本における労働分配率の低下と賃金の低下について、各方面の研究を取り上げながら、その原因を読み解いていきます。

【5】 賃金の抑制

第五に、わが国の企業が賃金を抑制してきた点について、 独立行政法人労働政策研究・研修機構リサーチフェローの萩野登氏によると、90年代半ばから日経連(現経団連)は具体的な春闘の「構造改革」を提起し、①自社型賃金決定、②総額人件費管理、③能力・成果主義賃金──の徹底を強調しはじめ、春闘の交渉で経営側は、「各社とも世界最高になった賃金をこれ以上上げる余地はない」「高コスト体質是正に向け総額人件費を抑える必要がある」「業績見合いは一時金で対応する」などとの主張を強め、相場波及による横並びを排する動きを強めたといいます※14。こうした企業経営の結果、わが国の賃金はG7で最下位になっていることは広く知られているとおりです。

 

※14 荻野登「企業業績と賃金決定──賞与・一時金の変遷を中心に」『日本労働研究雑誌』第723号、2020年、42-57頁。

 

【6】 対外直接投資と賃金

そして最後に、対外直接投資と賃金について、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏によれば、賃金を含めた国内の消費・投資を抑制しているから、過去最高益が実現しているというのが実情に近く、法人企業統計で日本企業(全規模・全産業)の経常利益、人件費の推移を見ると、1980年を100とした場合、2017年末の人件費は3倍弱(288)、経常利益は4倍強(452)というイメージになるといいます※15

 

※15 唐鎌大輔「日本企業の対外直接投資の流れは止まらない」東洋経済 ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/265801(2020年9月25日入手)

 

つまり、賃金抑制が海外への投資を可能にし、企業は米国やドイツに比べて遅れていたグローバル化を進めているのです。

 

また、ニッセイ基礎研究所上席エコノミストの上野剛志氏は、2016年度の経常利益は2012年度から27兆円増加し、過去最高を更新していると指摘します。また、円安、原油安に加え、大企業を中心に海外子会社等からの受取配当金が増加したことなどが改善に寄与したとする一方、この間の従業員人件費の増加は大企業・中小企業ともに1兆円に過ぎず、全体でも5兆円に留まっているとしています※16

 

※16 上野剛志「まるわかり“内部留保問題”-内部留保の分析と課題解決に向けた考察」日生基礎研究所
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57300?site=nli(2021年9月6日入手)

 

つまり、付加価値の増加に対して人件費の増加を大きく抑えた結果、内部留保の原資である利益が改善した面が強いといえるでしょう。

 

こうした本研究に関連する領域の先行研究を踏まえたうえで、次回はこれらの研究では明らかでなかった点について検討していきたいと思います。


 

藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師

 

 

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※本記事は日本産業経済学会に発表された論文「タテ社会と賃金(Japanese society and Wages)」を再編集したものです。

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