絶望感から症状が悪化
意味もなく歩き回るとされ「徘徊」と呼ばれる「ひとり歩き」にも、実は本人なりの理由や目的があります。典型的なのが「子どものころ両親と暮らした家」や、「長年、勤めてきた会社」を探しているというケースです。
そんなとき、認知症の人が暮らすグループホームなどでは、職員が本人のあとをこっそりついて行きます。そして、本人が存分に歩いて疲れたころ、「帰りましょうか」と声をかける。それを繰り返していると、数ヵ月で落ち着くことが多いそうです。
認知症の当事者として発言を続けている丹野智文さんは、「その場所の居心地が悪いから、外に出て行く人も多い」といいます。
家族から心ない言葉をぶつけられ、たまらなくなって家を出ると「徘徊」といわれ、無理やり連れ戻される。監視の目が強くなると、さらに居心地が悪くなり、イライラや怒りの感情が湧いてくる……。そうした悪循環が認知症を悪化させるというのです。
その行動が「なぜ」起こっているのかを考え、本人の気持ちを大切にした対応をすると、本人の症状の改善につながることが少なくありません。実際、本人が暮らしやすい環境にいると、BPSPはあらわれにくくなる、といわれています。
逆に周囲にその理由が理解されないと、絶望感から本人の状態は悪化します。家族も介護をひとりで抱え込まず、専門職やほかの介護家族など、相談相手をたくさん見つけ、認知症の本人の視点から考えるようにしてください。
認知症は、ある日、突然起こるわけではありません。最初に「何かおかしいな」と気づくのは本人自身。この最初の段階(川上)で、家族や周囲の理解がないと、本人の混乱や不安が増し、認知症が悪化してしまいます。
川上対策をしないままにしていると、認知症が悪化した状態(川下)では、本人はいろんな問題を起こす「困った人」になってしまうし、家族は介護でボロボロになり、「疲弊した人」になってしまいます。
そこで大切なのが、初期の対応と支援です。「最初」つまり、「川上」の山林を丁寧に手入れすることで、「川下」で氾濫が起こらない環境をつくることができます。
繰り返しますが、BPSDはすべての認知症の人にあらわれるわけではありません。BPSDは本人にとって「不適切な環境」からつくられます。お互いにとってストレスの少ない日々の暮らしを、家族で一緒につくっていきましょう。