突然の訃報や認知症などになって判断力が鈍る前に、子供への相続を考えているなら、「家族信託」という制度がおすすめします。
でも「家族信託とはなんだろう?」「何かリスクはないのだろうか?」「遺言や後見人制度とどう違うのだろう?」と疑問に思うかもしれません。
家族信託について初めて知る人にも、どんなメリットやデメリットがあるのかをわかりやすく解説します。
1. 家族信託とはわかりやすくいうと「資産を家族に託す仕組み」
家族信託をわかりやすくいうと、個人で財産を管理できなくなったときに備えて資産の権利を家族に託す仕組みです。
不動産などの財産には所有権があり第三者に権利を委託することができますが、これを家族に委託することが家族信託です。
家族信託は
- 受託者(財産を管理する人)
- 委託者(財産を託す人)
- 受益者(財産の利益を受け取る人)
の3者間で行われ、多くの場合、委託者と受託者は同じです。
2. 家族信託が注目されている理由
家族信託が注目されているのは、次の2つの理由があるからです。
- 認知症などの病気リスクに対応できる
- 元気なうちに仕組みをスタートできて安心感がある
これらの理由について詳しく解説します。
2.1. 認知症などになった場合の資産管理の問題に対応できる
家族信託が注目されている理由のひとつは、認知症などになった場合に資産管理の問題にすぐに対応できるからです。
このすぐに対応できるということが重要なのは、一度認知症が始まって判断能力が低下してしまうと、本人の委任なく預金や資産に手が出せなくなってしまうからです。
厚生労働省によりますと、2020年時点で65歳以上の高齢の方における認知症の人の数は約600万人、2025年には高齢者5人に1人の約700万人が認知症になると予想されています。
また、若年性認知症の推定発症年齢の平均は51.3±9.8歳(男性51.1±9.8歳、女性51.6±9.6歳)となっています。
認知症は誰でも起こり得る症状ですので、家族信託は誰もが考えておくべき制度といえるでしょう。
2.2. 生きているうちに仕組みをスタートでき安心感がある
家族信託が注目されているもうひとつの理由は、安心感です。
家族信託以外にも「遺言」という方法もありますが、遺言は亡くなったあとから効力が発生します。それに対して、家族信託は生きているうちに始めることができます。
生きているうちに誰が財産を管理して誰が財産の利益を受けるかをはっきりさせることができますので、万が一のことがあって家族が路頭に迷ってしまうかもしれないという心配が少なくなります。
3. 家族信託を使うシーンの例
では、実際どのタイミングで家族信託を利用すべきなのでしょうか。
大きく分けると、①あなたが受託者となり親や祖父母の認知症に備えるシーンと、②あなたが委託者となり子供に財産を与える場合です。
3.1. 親や祖父母の認知症に備えたい場合
多くの人は、親や祖父母の認知症に備えたい場合に家族信託を利用します。
家族信託の他にも「任意後見制度」という制度もありますが、任意後見制度は判断能力が低下してしまったあとから仕組みがスタートします。これに対して家族信託はまだ判断能力がしっかりしているときから仕組みをスタートできます。
認知症は症状がゆっくり進む場合もありますが、急速に進む場合もありますので、認知症と診断されてから行動すると間に合わないことがあります。親や祖父母の判断能力がしっかりしているうちから備えをしておけば、急に認知症になったときにも安心できます。
3.2. 子供に一度に財産を与えるのが不安な場合
子供に一度に財産を与えるのが不安な場合も、家族信託はとても便利です。
遺言などで子供に全財産を与えてしまうと、どのように使うかを誰も管理できませんが、家族信託なら受託者(財産を管理する人)と受益者(財産の利益を受け取る人)を分けることができます。
親族を「受託者」、子供を「受益者」とすれば、必要な生活費を毎月子供に支給するという仕組みを作ることが可能です。そしてこのような仕組みは、すべて生きているうちから委託者である本人が作ることができます。
4. 家族信託を使うメリットは大きく6つある
家族信託を使うメリットは大きく分けて次の6つがあります。
- 委託者による判断が難しくなっても財産管理が滞らない
- 任意後見制度よりも柔軟性がある
- 委託者が元気なうちに財産や事業の承継を決定できる
- 次の代や2代先などでも承継先を指定できる
- 遺族の相続に関する負担を軽減できる
- 「倒産隔離機能」が備わっている
他の制度にはないこれらのメリットについて、さらに理解を深めていきましょう。
4.1. 委託者による判断が難しくなっても財産管理が滞らない
家族信託は委託者(財産を託す人)の判断能力が著しく低下してしまったとしても、財産管理を滞りなく行える点が注目されている理由です。
もし認知症になった場合、より具体的にいうと金融機関から認知症と判断されると、すべての金融機関で預金が凍結してしまう可能性があります。
もし預金が一度凍結してしまうと、家族であっても預金を引き出すのが難しくなってしまいますし、自宅などの不動産を売ることも困難となります。
しかし家族信託なら、認知症が悪化したとしても資産が凍結することなく、財産管理が行えます。
4.2. 任意後見制度よりも柔軟性がある
家族信託と任意後見制度は誰かに財産管理を任せることができるという部分は共通ですが、任意後見制度よりも、家族信託のほうが柔軟性があることも大きなメリットのひとつです。
任意後見制度は契約者本人が認知症になったあとに、契約者か親族が「任意後見管理人」の専任を裁判所に申し立てなければ効力がありません。
一方で家族信託は、契約者本人が認知症になる前からすでに効力があり、しかも裁判所を通す必要がなく、すぐに遺言と同等の効果を発揮します。
4.3. 委託者が元気なうちに財産や事業の承継を決定できる
家族信託は、委託者が元気なうちに財産や事業の承継を決定できるといったメリットもあります。
認知症になったときに初めて財産や事業の承継を決定する任意後見制度と違い、家族信託は本人の状態に左右されませんので、判断能力がしっかりしているうちから財産管理に関する重要な決定ができます。
4.4. 次の代や2代先などでも承継先を指定できる
家族信託は次の代だけでなく、2代先、3代先も委託者が承継先を自由に決定することができます。
遺言の場合、基本的に次の世代のみにしか効力が発生しませんので、たとえば長男を承継先にして親と長男が同時に亡くなった場合、長男の妻に承継先が移ることになります。
しかし家族信託はそのような遺言の弱点をカバーして、長男が亡くなった場合は長男の孫に承継先が移るなど承継先を自由に決定できます。
4.5. 遺族の相続に関する負担を軽減できる
遺族の相続に関する負担を軽減し、相続がスムーズに進むのもメリットです。
相続が発生すると通常相続人に関係する人が全員で話し合う遺産分割協議がありますが、家族信託なら誰が何を相続するかが決まっているので、遺産分割協議が不要になります。
遺族はただ契約者本人の意向通りに遺産相続を進めるだけになります。
4.6.「倒産隔離機能」が備わっている
家族信託は受託者が破産したとしても信託者の財産は差し押さえができない「倒産隔離機能」が備わっています。
なぜなら家族信託によって信託した財産は、受託者(子)の相続財産ではなく委託者(親)となっているからです。そのため、子供が破産してしまっても信託財産は自由に使うことができます。
5. 家族信託を使うデメリットや注意点
家族信託には次のようなデメリットや注意点があります。
- 親族トラブルの可能性がある
- 対応できる専門家が少ない
- 「身上監護」機能がない
- 節税効果がない
- 遺留分侵害額請求をされる可能性がある
それぞれについて対応策と共に詳しく解説していきます。
5.1. 兄弟や親族でトラブルになる可能性がある
家族信託は受託者が財産に関して絶対的な権限を持つため、兄弟や親族の間でトラブルになる可能性があります。たとえば複数の子供や親族の間で一人だけが受託者となる場合、法的には効力があったとしても疑いや誤解が生まれ争いが生じてしまうかもしれません。
このようなトラブルを避けるため、家族信託をする前に家族で誰もが納得するまでしっかりと話し合って、実際に相続の段階になって「そんなことは聞いていない」というようなことにならないようにしておきましょう。
5.2. 家族信託に対応できる専門家が少ない
家族信託は2007年9月30日に施行された比較的新しい制度なので、まだまだ対応できる専門家が少ないのが現実です。専門家によっては家族信託の契約作成まではできても、経験がないためトラブルが起きたときに対応できないこともあります。
そのため専門家にお願いする前に、過去にどれほど家族信託を扱ったかを聞いておくことをおすすめします。
5.3. 任意後見制度にはある「身上監護」の機能は家族信託にはない
家族信託には介護や医療などを十分に受けることができるように手続きをする、「身上監護」機能がありません。
任意後見制度は「身上監護」が義務となっていますので、契約者本人が判断能力を失ったときに後見人が必要な契約や手続きを行なってくれます。しかし、家族信託は誰がそのようなお世話をするか、その義務を負っている人がいないことになります。
親に判断能力がなくなったときには通常子供が契約や手続きを行うものなので、あえて義務にする必要はないといえるかもしれません。
混乱を避けるためにも、誰がいわゆる「身上監護」をするか家族や親族で話し合っておくことをおすすめします。
5.4. 家族信託に節税効果はないと考えてよい
家族信託は財産権が親の元に残るため、相続税に関する節税効果はないと考えておきましょう。それで財産権を承継されたときは、相続税を納付する必要があります。
銀行の預金を相続する場合は相続したお金から税金を支払えばいいのですが、土地などの不動産を相続した場合もお金を支払わなければならないので注意が必要です。
不動産を相続したものの税金を支払うことができずに、不動産を売却しなければならないとなるといろいろ面倒です。それでいざ相続するときに備えて、相続税がいくらかかるかを調べておき、可能なら子供が相続税を納付できるだけのお金を用意しておきましょう。
5.5. 遺留分侵害額請求をされる可能性がある
家族信託は実際に財産を承継するときに、それを納得できない遺留分権利者がお金で精算を求める遺留分侵害額請求をされる可能性があります。
遺留分侵害額請求をされると、受益者が対応を求められるのはもちろんですが、遺産争いによって家族がバラバラになってしまう危険性があります。
繰り返しになりますが、家族信託は関係者誰もが納得できるようにしっかりと話し合いをしておくようにしましょう。
6. 家族信託にかかる費用
家族信託にかかる費用は次の3つがあります。
- 公正証書にする場合の作成費用
- 登録免許税
- 専門家への報酬
実際にいくらかかるかは財産の額や専門家によって違いますが、ここでは大まかな相場を紹介します。
6.1. 公正証書にする場合の作成費用
信託契約書を公正証書にする場合、財産の価格によりますが1〜5万円ほどの作成費用がかかります。
6.2. 不動産がある場合の登録免許税
信託財産に不動産がある場合は固定資産税評価額の1,000分の4、土地信託の場合は1,000分の3を登録免許税として支払う必要があります。
6.3. 専門家への報酬
専門家への報酬は専門家によって異なりますが、外部にコンサルティングを依頼した場合は信託財産1億円以下の部分は1%、1億円以上の部分は0.5%が相場になります。
また、信託管理人や受益者代理人を置く場合の報酬相場は月額1万円程度です。
7. 家族信託についてよくある質問
最後に、家族信託についてよくある質問に回答します。
Q1. 家族信託はいつから準備したらいいのか?
家族信託を始める目安となるのは、子供が50代になったときです。なぜなら、子供が50代になったら親は70代を過ぎているからです。
政府が発表した統計によると、2018年の高齢者の認知症の割合は、70代前半は3.6%ですが、70代後半になると倍以上の10.4%となっています。
70代は認知症を発症する確率が急激に進む年代でもありますので、心配になったら家族信託の準備を始めておきましょう。
Q2. 家族信託が必要ないケースは?
家族信託は必ずしなければならないわけではありません。家族信託が必要ないケースとして以下のケースが考えられます。
- 信託する名義となっている財産が対策にかかる費用と比べて少ない
- 財産を託す親族がいない、あるいは信頼できる親族がいない
- 親族間の仲が悪くトラブルが発生する恐れがある
- 契約者本人がまだ若い
家族信託は必要な場合にする備えなので、上記の場合は無理に複雑で費用のかかる家族信託ではなく、遺言や後見人制度など他の制度を活用しましょう。
Q3. 家族信託は法律のプロに相談したほうがいいのか?
家族信託は弁護士や司法書士など法律のプロに相談することをおすすめします。なぜなら家族信託の制度は2007年に始まった比較的新しい制度なのでまだ判例が少なく、予期できないトラブルが予想されるからです。
法律のプロは契約を作成してくれるだけでなく、トラブルが起きたときに過去の判例や経験から最適な方法をアドバイスしてくれますので安心です。
8. まとめ
この記事では、家族信託について解説しました。家族信託は高齢化社会に備えて始まった制度で、契約者本人が元気なうちに子供や孫に財産を承継することができ、親族に管理を任せることができます。
親が急に認知症になったときにすぐに対応できる備えとなりますが、実際に相続したあとにトラブルが起きてしまうことも考えられます。そのため、信頼できる専門家からのアドバイスをもとに、誰もが後悔しないように家族でしっかりと話し合ってから利用するようにしましょう。
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