(※写真はイメージです/PIXTA)

今、日本政府や多くの企業が「産官学の連携強化」や「イノベーティブな組織づくり」を謳い、意図的にイノベーションを起こそうとしています。しかし、イノベーションは起こそうとして起こるものではありません。本稿では「生物の進化」を例に、イノベーションとは何か、イノベーションを起こすには何が必要なのかを考察します。

イノベーションと「生命の進化」の共通点

■「連続的な小さな変化の積み重ね」によって起こる

さまざまなイノベーションの歴史が明らかにしているのは、それが試行錯誤の積み重ねによる漸進的な進化だということです。これはまさに、人間を含む生物界で有史以来続いている生命の進化の原理そのものです。これまでのイノベーションがどのようにして生まれたのか、その経緯を緻密な考証で明らかにした科学啓蒙家のマット・リドレーも、イノベーションを「人間バージョンの自然淘汰」と表現していました。

 

生命の進化も、連続的な小さな変化の積み重ねです。突然羽が生えて飛んだり、魚が海から上がってその日から陸上生物になったり、いきなり首の長いキリンが生まれたわけではありません。

 

いうまでもなく生命の基本単位は細胞です。受精卵が細胞分裂を繰り返し、個別の組織や器官へと成長します。また成長した個体の中でも膨大な数の細胞が毎日失われ、それに見合った数の細胞がつくられています。

 

こうした細胞分裂は細胞内にある染色体の中のDNAに記された遺伝情報を基に、正確にコピーがつくられていきます。ところがこの遺伝情報の複製の過程で、エラーが起こることがあります。紫外線や化学物質などによるDNAの損傷や、細胞分裂のプロセス中に起こる何らかの異常が原因です。

 

これが変異です。細胞はエラーを修復するメカニズムを備えているので、実際の変異はごくまれにしか起こりません。しかしいったん起こるとつくるべきタンパク質を変え、細胞の生物学的な機能をも変えてしまいます。しかもこの変異は、多くは使い物にならないものだとみなされ、また淘汰をくぐり抜ける確率は極めて少ないものの生き残れば世代を超えて受け継がれていきます。

 

世代を超えて受け継がれた変異が、その生物にとってより環境への適応をもたらすものであれば、変異したグループが支配的になり、これが種の進化につながります。

進化して生き延びるか、絶滅するか

地球の歴史を46億年前から現在までという長期的な視野で俯瞰すれば、環境はいろいろな要素によって常に変動しています。

 

例えば地球は約10万年ごとに暖かくなったり、寒くなったりということを繰り返していることが知られており、その度に海水面の高さは100メートル以上も変動したと考えられています。

 

当然、海の一部が浅瀬になったり湿地帯になったりして陸地面積が大きく変わったことは、海中の生物が陸上に適応していくきっかけをつくったに違いありません。逆に海水が少しずつ増えていった時代であれば、なるべく海岸から遠いところに卵を産むほうが、水に浸らず生き残る可能性が高まります。

 

また、火山の大爆発があり巨大な隕石の衝突もありました。それによってある生物種が何らかの理由で異常に繁殖し、生態系のバランスが崩れるということもあったはずです。それは従来の食物連鎖を崩し、生物の生息環境を大きく変えたかもしれません。

 

生物の突然変異は同じ割合で起こり続けるものです。しかしほとんどの場合、変異したものは外部環境への適応力が弱く、子孫を残していくことができません。ところが外部環境に変化があり、それが変異したものに有利に働くなら、従来種に代わって変異種が主流になっていく可能性が生まれます。

 

キリンの首の長さの変化は、その好例といえます。

 

■変異種である「首の長いキリン」が生き残り、キリンという種を進化させた

ある時ランダムな変異のなかで、少しだけ首の長いキリンが生まれたとします。もちろん首の短い従来のキリンも同じように生まれています。しかしその時、何らかの理由で例えば旱魃が増えるなどの気候環境に変化があって植物の生育に問題が生じたとします。食料となる葉の量は減り、キリンの間で葉の争奪戦が発生します。この時首の長いキリンは他のキリンに比べて高いところの葉を食べることができるので、葉が少なくなっていても食料をしっかりと確保できます。栄養を多く摂ることができ、体力も運動能力も維持できます。

 

当然多くの子どもを産むことができるので首の長いキリンがより繁殖していくことになります。外部環境の変化が淘汰の圧力となって、通常なら消えてしまう変異を定着させ、種の進化を促すことになるのです。

 

外部環境の変化が生命の進化にいかに大きな役割を果たしたかということを象徴するものに収斂(しゅうれん)進化という現象があります。

 

これはもともと種が異なる生物であっても、生息環境が同じなら同じような形に進化するということを意味する言葉です。例えばトビウオは魚類でありながら、鰭ひれを羽のように使って捕食者から空中に逃げることができるように進化しました。まるで昆虫のようです。空を飛ぶものがいなかったとき、昆虫も空中を安全圏とするために羽を発達させたのです。

 

魚類であるか、昆虫類であるか、その区別や系統には無関係に、同じ道が拓かれていました。いかに外部環境が強力な淘汰圧となり、生物の進化に影響するかということが分かります。

 

変異のなかでより外部環境に適応したものが生き延び、生き延びた者同士が子どもを残すことで変化が定着していく――これが生命の誕生以来、現在も続けられていることです。

 

突然変異は科学でいえばブレイクスルーです。最終的に受け入れられて生き残ることが進化となり、つまりイノベーションといえます。

 

逆にいえば外部環境には必ず変化があるのでランダムな変異がまったくないか、あるいは非常に少なければ変化に対応した進化の可能性がなくなってしまいます。間もなくその種は滅びるかもしれません。生命が未来を予測し、それに備えて何かを目指して自ら進化するなどということはありません。

 

生物は環境とのランダムな応答のなかで漸進的に変化し、それを自らの体に組み込んで生き延びていくだけです。それが生物の進化です。

イノベーションを起こすには…

■必要なのは「多くの参加者」と「参加できる環境」

人間の社会も同じです。次の社会のありようを先読みして、それにフィットするような進化を計画し実行することなど決してできません。

 

イノベーションは、生き延びるためのさまざまな試行錯誤が積み重ねられ、結晶することによって生まれる漸進的な進化であり、それが社会的に定着して受け継がれていく過程そのものです。

 

重要なことは、一人の英雄になることでも、その出現を待望することでもありません。誰もが自由にトライアンドエラーをすることです。生物がランダムに変異するように、その振れ幅をもつことです。

 

1億年後の人類の姿は想像することはできませんし、当然ながらそれを狙って環境をつくることもできません。仮に50年後であっても30年後であっても、未来を予想することなどできないのです。

 

突然変異という小さな試行錯誤の積み重ねが変化した外部環境の下で定着し、生き延びていくことにつながるという生命の進化史が明らかにしている真理に学ぶことが必要だと思います。

 

イノベーションは一回的で局所的に新しいことをすることではありません。たった数人が月に行くことや初めてエベレスト登頂を果たすことは最初のきっかけをつくり出す必要な挑戦ですが、イノベーションではありません。社会にあるいはもっと具体的に人間の生活様式に組み込まれ、普及するような進化となって初めてイノベーションといえるのです。

 

イノベーションはあくまでも社会的プロセスであり、多くの参加者とそのトライアンドエラーを保証し、成果を受け入れる社会環境が必要だということです。その一つでも欠いたらイノベーションは生まれません。イノベーションの成否は、それが起こる環境があるかどうかにかかっています。
 

 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

太田 裕朗
山本 哲也

幻冬舎メディアコンサルティング

イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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