「アミロイドβが溜まる原因」に言及した「新仮説」
■「慢性炎症、毒素の蓄積、栄養不足」がアミロイドβを増加・沈着させる
最近になってアルツハイマーの発症に関して「新しい仮説」が提示されました。UCLA大学の神経変性疾患の世界的権威であるデール・ブレデセン博士は、アミロイドβは「脳の正常な防御反応によるもの」であると主張しています。つまりアミロイドβは原因ではなく、脳に起こった慢性炎症や毒素の蓄積、栄養素の不足によって起こった結果であるというのです。これらの3つの原因に対しての防御反応が過剰になることでアミロイドβが過剰に蓄積し、脳細胞を破壊していたということです。
実行犯の影に隠れていた、大元の犯人に対しての手がかりが得られたと言ってもいいでしょう。いや、この「実行犯」は実は大元の犯人から身体を守るために出現したパトロール隊員か、あるいはたまたま現場に居合わせた通行人であると言うこともできるのです。
アミロイドβという物質はアミロイド前駆タンパク(APP)が分解してできます。APPは、脳内で栄養素が十分に足りていると神経の成長を促すような別の物質に変化します。しかし、栄養素が不足していると、APPが分解してアミロイドβができやすくなります。
神経が成長する方向に働くのか、破壊する方向に働くのかが、神経栄養状態によって変わってくるのです。そして、脳内に炎症が起こったり、毒素が蓄積したりすることで、神経の成長に必要な栄養素が不足しがちになるということです。
つまり脳内に何らかの炎症、毒素の蓄積、栄養素の不足が起こることで、APPを分解してアミロイドβを増やす方向に働き、脳内にアミロイドの沈着を起こすということになります。
脳内に炎症が起こらないようにコントロールされ、脳内の毒素が取り除かれ、栄養成分が十分に補充されると、APPは神経の成長を促進する別の物質に変化し、アルツハイマー病になることが回避できるということです。実際に、ブレデセン博士はこの理論に基づいて、「リコード法」という治療法を提案しており、アルツハイマー病も初期の段階であれば9割以上に症状の改善が見られたと報告しています(デール・ブレデセン著『アルツハイマー病 真実と終焉 “認知症1150万人”時代の革命的治療プログラム』)。
アルツハイマー病の治療の歴史は、これまではアミロイド仮説に基づいて、βアミロイドを脳から除去する方法が研究、開発されてきました。しかし、その結果、アルツハイマー病の治療薬はどれも「惨敗」だったのです。βアミロイドがなくなってもアルツハイマー病は改善しないからです。これも、ブレデセン博士の仮説に基づいて考えると納得がいくのではないでしょうか。
アミロイドβは、脳内の炎症、毒素の蓄積、栄養素の不足が原因で起こってきた結果の一つに過ぎないとすれば、アミロイドβをいくら取り除いても、根本的な原因は一向に解決されないのも当然と言えるでしょう。
ブレデセン博士は「アルツハイマー病の脳は穴が36個開いた屋根である」という表現で、アルツハイマー病を進行させる36個の要因があると指摘しています。脳内の炎症、毒素の蓄積、栄養素の不足を起こす原因が36個あるということです。アルツハイマー病を完治させるには、これらの要因を一つ一つ取り除き、身体のバランスを整えていく総合的な戦略が必要とされるのです。単一の薬剤で治るような病気ではないということです。
現在臨床応用されているアルツハイマー病の薬は、脳の神経細胞間の神経伝達物質をコントロールすることで症状を改善しようというものです。いわば応急処置的なものです。「アルツハイマー病を治す」と言えるようなものではないことは、認知症の専門医でもすべて認めるところでしょう。
先にも触れたように、アミロイドβを分解する治験薬はことごとく臨床的効果がなく、臨床応用されることなく惨敗しました。アルツハイマー病を本当の意味で治そうと思えば、ブレデセン博士曰く36個の要因を改善しなければなりません。単独の薬ではどうして治らなかったのかという理由とも言えます。