時代は昭和。工場火災で大ピンチに陥った衛生用品会社の社長は、決済までの資金調達が間に合わず不渡りを覚悟するも、していた決済は、30社に及ぶ債権者の厚意で一度は危機的状況を切り抜けます。しかし、その晩の深夜、工場にトラックが横付けされ、複数の男性が下りてきました。その後、状況は一変します。

帳簿も見ずに支払いしてくれた債権者を裏切れない

翌日、会社の事務所に債権者が集まりました。ありがたいことに、それぞれ開口一番に、

 

「送金して私の手形は落としましたから、安心してください」

 

と言ってくれました。

 

ありがたい気持ちになる一方で、気掛かりなのは昨夜の騒動があったS綿行の人が現れないことでした。そうこうするうちに午後4時になって、銀行から一本の電話が入りました。その電話で告げられたのは、

 

「S綿行の手形について、送金がないので不渡りになります」

 

という無情な知らせでした。

 

昨夜の騒動の腹いせかもしれません。せっかくほかの債権者が送金して手形を落とし、不渡りを防ごうとしてくれたのにこれではその厚意が無駄になってしまいます。債権者に事情を話すと、

 

「一日だけなら銀行は待ってくれます。たった一件の手形ならあなたのほうでなんとか落としておいて、あとでお願いしてみたらどうですか」

 

と言ってくれました。

 

しかし、父はそうしませんでした。確かにその手形一件であれば、なんとかなりました。でも一人だけ約束を守らなかった人の分を自分が払うことは、帳簿を見ることすらせずに支払いまでしてくれた債権者を裏切ることになると考えたのです。

 

とはいえ不渡りを出すということは、経営者にとって何よりの屈辱です。

 

債権者も、そのことはよく理解しています。父に向かって「梯さん、あなたの誠意はよく分かった。でもここで不渡りを出したら、今まで一生懸命やってきたことが水の泡になるばかりか、あなたの名誉を汚すことになりますよ」とまで言ってくれました。

 

それでも父は不渡りを出す道を選びました。自分の名誉よりも大事なのは、助けようとしてくれた皆の親切に応えることだと考えたからです。

 

 

龍宮株式会社 代表取締役社長
梯 恒三

 

 

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