「全債権者のお言葉がなければ、品物は動かせません」
1977(昭和52)年父はギリギリまで資金繰りに奔走しましたが、数日後に決済の迫っている手形が不渡りになるのは目に見えていました。父は関係者に連絡をし、30社ほどの代表に集まってもらいました。その席で、こちらの事情をすべて話しました。
火災に見舞われその復旧を急ぐあまりに多額の費用がかかってしまったこと、利益保険が下りなかったこと、長年付き合いのある布団屋の不渡りを受けたこと、新しく開発した化粧綿がこちらの不注意で取引停止になってしまったこと……すべてを話したうえで、あとは債権者の指示を待ちました。
父の嘘偽りのない言葉が通じたのか、債権者の間で話がまとまり、「会社の在庫品はそのままにして手をつけないという条件で、明日の決済は、みんながそれぞれお金を振り込んで手形を引き取ることにしよう」ということになりました。こうして、不渡りを出すことはひとまず回避できました。
安堵して会社の敷地の入り口にある自宅でくつろいでいた夜11時頃、なぜか工場の前にトラックが停まるような音が聞こえました。不審に思って窓の外を見ると、そこにはライトをつけたままのトラックが停まっていて車内から数人の男性が出てきたのです。
玄関口に姿を現したのは、S綿行という問屋の人たちでした。彼らは、
「品物を受け取りに来た」
と言うのです。昼間の話し合いで債権者の総意として、在庫はそのままにして手をつけないという条件で合意したばかりです。彼らは、その合意を抜け駆けして破ろうとしていたのです。元はといえばこちらが悪いので、父は頭を下げ、
「皆さんにはご迷惑をおかけしましたが、ご承知のように、全員一致で手形はみんなで払ってくださることになりました。そのかわり品物はそのままにしておけということです。全債権者のお言葉がなければ、品物を動かすことはできません。警察を呼んでも、品物を守るように言われております。どうか、今日のところは勘弁してください」
と話しました。
相手は3人で、その後ろには運転手と助手が控えていました。こちらは父と兄、そして私。双方が玄関で睨み合うような形になりました。ひたすら頭を下げる父と、黙って睨みつける相手。そんな膠着状態が続いたあと、先方は根負けして
「じゃ、今日のところは帰ろう」
と言って引き上げていきました。
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