(※写真はイメージです/PIXTA)

認知症には、「その人の立場に立った対応」が症状の軽減に有効との考え方があり、これに基づいたケアを「パーソンセンタードケア」といいます。介護側にとって大きな負担になるのが、認知症中期から現れる暴言や暴力、徘徊、妄想といった症状。しかし、中期は特に「患者とどう関わるか」によって症状が悪化したり改善したりしやすい時期でもあります。パーソンセンタードケアの実践は、症状緩和や負担軽減など、患者にとっても介護側にとってもさまざまなメリットが期待できるのです。

進行度が同じ患者でも「症状の出方」が違うワケ

■健康状態や職歴なども、認知症の人の言動に影響を与える

パーソンセンタードケアの考え方に基づき、実際のケアではどのようなことに気をつけていけばよいのでしょうか。

 

本論に入る前に、まず認知症の人の言動は、病気のもとになっている脳の障害だけに影響されているのではないことを押さえておく必要があります。

 

認知症の人は高齢者が多いこともあり、加齢による視力や聴力、筋力の衰えも影響しますし、関節痛や食欲不振、抑うつ気分といった心身の不調も関わってくるでしょう。また、発症前に趣味が多く人付き合いも広く活発だった人と、そうでない人でも認知症の進行度は同じであっても出る症状の内容や程度には違いがあります。

 

一般的に、認知症の人の言動は、

 

●脳の障害(アルツハイマー病、脳血管障害など)

●健康状態(視力・聴力、合併疾患、薬の副作用など)

●生活歴(職歴、趣味、暮らしてきた地域など)

●性格(性格傾向、対処スタイルなど)

●社会心理学(人間関係のパターン)

 

これらのような要素が絡み合って起きていると考えられています。

 

これらの要素により、反抗的な言動や不可解な行為となって認知症中期から後期にかけて出現しやすくなるのがBPSDです。

 

BPSDとはBehavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの頭文字を並べたもので、直訳すると「認知症の行動および心理症状」です。このことから近年は、「行動・心理症状」と呼ばれることも多くなっています。

 

■認知症の症状には「中核症状」と「周辺症状」がある

認知症の症状には「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」があります【図表】。

 

出典:認知症ねっと
【図表】認知症の中核症状と周辺症状(BPSD) 出典:認知症ねっと

 

前者は脳の神経細胞が損傷、死滅するために起こる直接的な症状で、記憶障害や見当識障害などが該当します。服が着られないなどの失行、電化製品の使い方が分からなくなる失認、ものの名称が出てこなくなる失語なども中核症状の一つです。中核症状は、認知症を発症すれば誰にでも程度の差こそあれ出現します。

 

それに対しBPSDは、その人の人間関係や生活環境、また性格なども影響して起こってくるもので、人により現れ方が異なります。例えば暴言や暴力、徘徊、幻覚や妄想などが該当します。「お金を盗られた」などと言い張る「もの盗られ妄想」もBPSDの一つです。まさに、先述の5つの要素が深く関わって起こるといっていいでしょう。

介護側の負担が大きいのは、中核症状よりBPSD

認知症の人の介護で周囲の負担になるのは、中核症状よりもBPSDです。暴言や暴力がひどくなると、病気のせいと分かっていても家族は傷つきますし、憎しみが湧いてしまうこともあるでしょう。精神的に参ってしまい、うつ状態に陥ってしまうケースも少なくありません。

 

そのようなBPSDへの対応に、「パーソンセンタードケア」がどんなに大切だといっても、目の前で怒鳴ったり手荒な行動をしたりする人を前にすると、たとえ家族であっても、とてもそんな気になれないという人ももしかしたらいるかもしれません。

 

しかしBPSDは周囲との関わりのなかで起こることを考えれば、その関わりを見直すことは症状をコントロールする、理にかなったやり方なのです。

 

■BPSDは「病気のせい」や「問題行動」ではない

BPSDは、かつては「問題行動」と表現されていたこともありました。これは「何も理解できないのに要求だけする」とか「何もできないのにこちらの言うことを聞かない」といった、ケアする側の一方的な論理により名づけられたものです。

 

しかし本質はそうではありません。認知症の人が潜在的にもっている、人と結びつきともにありたいというニーズや、自分らしくありたいと願う気持ちを本人がうまく表せないために困惑したりいらだったりした結果、ネガティブな言動になって出てしまうのがBPSDといえるでしょう。

 

そのためパーソンセンタードケアでは、その人に応じたケアを行うには本人を注意深く観察し、どのような状態にあるかを見ることが大切だとしています。

 

まずは、これらの視点をもって観察することが重要と考えます。そうしていると、例えば認知症の人が急に外へ出たがったり、実際に徘徊してしまったとき、「それはいけない」と止めたりせず、その人の立場になって「どうしてこうしたがるんだろう」と考えることができるようになります。

 

英国の心理学者トム・キットウッドによってパーソンセンタードケアが提唱される以前は、「認知症」の病気の部分ばかりが着目され、「奇妙な言動をとるのはアルツハイマー病という病気のせいだ」という考え方が主流でした。しかし、同じ程度に進行したアルツハイマー病の人が、必ずしも同じ行動をとるわけではありません。

 

その差には、先に挙げた5つの要素、つまり「その人全体」が関わっており、そこに重きを置いたケアによって改善の可能性があると見方を変えることが重要であると、キットウッドは説いたのです。

「患者の欲求を満たす」ことでBPSDを緩和

パーソンセンタードケアの一例をご紹介しましょう。

 

アルツハイマー型認知症の中期から後期にかけて出現しやすいBPSDの一つに「徘徊」があります。かつて当院に入院していた70代のAさんも、夕方になるとふらっと外へ出ていってしまうことがたびたびありました。

 

一般的にこのような場合、安全面の理由から、徘徊しそうな時間には特に戸締りに気をつけ、外へ出さないようにする施設が多いでしょう。当院もそのようにしていた時期がありました。

 

しかし、パーソンセンタードケアの考え方に照らし合わせると、それは良い対応とは言えません。実はAさんは自分がまだ会社勤めをしていると思い込んでいて、夕方のほぼ決まった時刻になると「家に帰らなければ」と思い外へ出ていくのです。そのことが分かってからスタッフは外へ出さないようにするのではなく、「一緒に帰りましょう」と声を掛けて、しばらく病院のまわりを付き添いながら散歩するようにしました。一回りして戻ってくると、Aさんは満足そうな顔をしてその夜はぐっすり眠ったようです。

 

それを続けていたところ、Aさんの日ごろの表情がやわらかくなり、夜間不穏や突然の癇癪などが減ってきました。夕方に職場を出て家に帰るというAさんのなかでは当然の生活行動、帰宅願望が受け入れられたことが嬉しかったのではないでしょうか。

 

 

旭俊臣

旭神経内科リハビリテーション病院 院長

 

 

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    ※本連載は、旭俊臣氏の著書『増補改訂版 早期発見+早期ケアで怖くない隠れ認知症』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

    増補改訂版 早期発見+早期ケアで怖くない隠れ認知症

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    旭 俊臣

    幻冬舎メディアコンサルティング

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