認められなかった「負担付き贈与契約」の存在
前回の続きです。本件のネタ元の高松高裁平成22年8月3日判決(判例時報2106・52)も、1審判決が負担付き贈与契約の存在を認めたのに対し、証拠上贈与があったとは認められないと結論付けました。
ただ、死後事務委任契約は認められるとして、姪Yの支出のうち455万円余を正当と認め、残額1887万円は賠償すべきであるとしました。
なお、上記高松高裁判決で負担付き贈与契約の存在が認められなかったのは、A男さんがYに委任事務処理が終わってまだ残額があるならそれを贈与する旨約したとする時点で、長女Cは統合失調症に罹患している以外に健康上問題がなく、しかもCは姪のYより12も年下であったことから普通なら姪のYより先に長女Cが亡くなると考えるのは不自然で、CがYより先に亡くなり事務処理が終了することを前提とする贈与の主張は信用できないとされたからです。
口頭での契約はトラブルの元・・・
≪トラブルを避けるためのワクチン接種≫
さてこの紛争を避けるためのワクチンですが、仮に姪Yの主張どおりA男さんが負担付きで贈与すると言ったのなら、それを口頭の契約だけでなく書面の贈与契約にして残しておけば済むことだったのです。
また委任契約にしても書面で行えばより確実だったと思われます。要するに契約がなされた事実を証拠として残しておけばよかったのです。
ただ、契約を書面で締結する場合は、後にその契約書が偽造・変造されたものだとか、当事者の一方が判断能力がないのに無理やり作らされたものだなどと言われないよう注意を払う必要があります。そこで公証人の認証を受けるか、最初から公正証書で作成すれば、このような主張を封ずることもでき確実だと思います。
また、姪のYは死後事務委任で事務処理した詳細や支出の内訳等を領収書等を添付して記録しておけば、現実に要した費用は確実に確保できるものと考えられます。
ところで、A男さんが預金通帳6通を印鑑と共に姪のYに渡したのは、やはり姪Yのことを身近で信頼ができる者と考えていたからだと思われます。それなら、自分の死後、気掛かりな長女Cのことも姪のYに頼むのですから遺言書を作成してその考えを明らかにしておくこと、また場合によってはYとの間で金融資産を託するに当たって、A男さんや長女Cを受益者とする福祉型の信託契約(※)を締結していたら後々のトラブルを防げたのではないかと思われます。
※信託とは、不動産や金融資産などの財産を、特定の者の利益になるよう用いられることを意図して、特定の信頼できる人に対して託し、託された者において、定められたその目的に沿って、利益を受ける者のためにその財産の管理や必要な処分などをする制度です。信託法は、「信託は、信託契約、遺言、自己信託の方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分およびその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう」としています(信託法2条1項)。
そして、福祉型の信託契約や福祉型信託を遺言で設定するということは、信託の有する機能を最大限活かすことで保護を要する者の幸福で安定して豊かな生活といった福祉を実現するということです。この信託の有する機能というのは主に①長期間にわたって管理を行える機能(長期的管理機能)と②委託者の倒産という事態に影響を受けない機能(倒産隔離機能)のことを指します。