今回は、成年後見人である司法書士が依頼者の財産を私的流用した事件を見ていきます。 ※本連載は、日本公証人連合会理事・栗坂滿氏の著書、『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』(エピック)の中から一部を抜粋し、成年後見制度等にまつわるトラブルとその予防・解決法を紹介します。

認知症のA子さんの代理で金銭管理を行うべきなのに・・・

≪トラブルの事案≫

A子さん(71歳)は、ご主人に先立たれて長いこと独身の一人息子Bと2人で暮らしていましたが、Bが突然の交通事故で亡くなり1人になってしまいました。

 

A子さんは、元々足腰が丈夫でなかったのですが、年相応に物忘れが激しくなってきており、軽い認知症と診断されていましたところ、突然の息子の死亡のショックもあってこのところ塞ぎ込みますます家に籠りがちになって認知症の進行も速まっている感じで、そこで心配した知人の勧めで、司法書士Cとの間で移行型任意後見契約を締結しました。

 

この移行型任意後見契約は、A子さんの判断能力が低下して任意後見契約の効力が生ずるまでの間、財産管理委任契約により、ある程度の範囲にわたる法律行為を司法書士Cに委ねるもので、A子さんは、この委任契約に基づき、複数の金融機関の口座の管理やBの交通事故の相手方等との間の賠償金や保険金の受領等の代理権をCに授権していました。

 

ところが、Cは、長男Bの交通事故の賠償金や保険金がA子さんの預金口座に振り込まれたのをいいことに、その預金をA子さんの身上看護のためにだけでなく、自分の借金の返済や生活費等私的に流用しているようです。

成年後見制度悪用の原因はどこにあるのか?

≪トラブル診断≫

成年後見制度は、平成12年(2000年)4月1日から始まった制度です。認知症を発症した高齢者や知的障害者等の判断能力が不十分な人にとっては、預貯金の預入・払戻しや不動産の管理などを行うのも大変であり、介護保険を利用してサービスを受け、また施設への入所や居住用不動産の売買・賃貸借などの契約を結ぶことも困難です。

 

これらの者が、もし理解不十分のまま相手方に勧められるまま契約締結に及ぶと、実際は不利、不必要なものであったりするのに契約を結ぶことになったり、あるいは、詐欺まがいの悪徳商法の被害に遭ったりする危険もあります。

 

そこで、このような判断能力の不十分な者を保護し、その人達が生涯を終えるまで、人間として立派に生きていけるようにするため、成年後見人等が、本人の生活・医療・介護・福祉など、本人の身のまわりの事柄にも目を配りながら本人を保護・支援していくための制度が成年後見制度で、この連載の初めにも述べましたが、法定後見制度と任意後見制度の2つがあります。

 

法定後見制度は、判断能力が不十分になってしまった人のために家庭裁判所が成年後見人等を選ぶ制度で、任意後見制度は、将来、判断能力が不十分になったときに備えてあらかじめ自分で将来の後見人を選んで、その者との間で契約を結んで確実なものにしておくものです。

 

ところが、このように本来判断能力が低下し保護せねばならない者に最後まで不自由なく人間らしく生活してもらうため生まれた制度が、心ない者に悪用され、本人の財産を食い物にする手立てとして使われる事態が生じ、そのせいもあって「この制度で本当に本人を保護できるのか」という懐疑的な目を向けられてしまう事態も招いています。

 

それに、後見人の不祥事は親族が後見人となる場合だけでなく、弁護士や司法書士等の専門職が後見人になる場合にも発生しており、これらの者が常習的に横領を重ね、被害額も莫大なものになるケースも珍しくないのです。

 

その原因がどこにあるのかについては、成年後見人のこの種の犯罪に関する現状や対策についての研究論文であるせたがや自治政策研究所・特別研究員の渋谷紀子さんの論文「成年後見人による犯罪の現状と対策」(都市社会研究2014)に詳しく書かれています。

 

それによると、親族後見人は、孤立のゆえの「密室性」、「閉鎖性」、それに「資質」や「取巻く生活不安定要素」等に原因があり、一方、専門職後見人は、専門性のゆえの「密室性」、「閉鎖性」、「営利性」、また信頼されているがために監督が甘くなることに原因があると考えられます。

本連載は、2016年8月1日刊行の書籍『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

栗坂 滿

エピック

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