今回は、死後の事務委任契約をめぐるトラブルの事例を見ていきます。※本連載は、日本公証人連合会理事・栗坂滿氏の著書、『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』(エピック)の中から一部を抜粋し、成年後見制度等にまつわるトラブルとその予防・解決法を紹介します。

死後の財産管理と娘の監護を姪に託したA男さん

≪トラブルの事案≫

A男さんには長男Bと長女Cという2人の子どもがいました。長男Bは結婚して子どもXをもうけましたがその後離婚し、孫のXはBの別れた妻が親権者となって育てていました。その後長男Bが亡くなり、孫のXが長男Bの財産300万円を相続しましたが、XとA男さんとの関係は希薄でした。

 

なお、A男さんは、姪に当たる姉の子Yを幼いころから可愛がっていて同女の結婚の世話もしてやり、その後も懇意に交際を続けていました。A男さんのもう一人の子どもの長女Cは大学卒業後、統合失調症を発症し、入退院を繰り返すようになり、A男さんが監護していました。しかし、A男さん自身も体調を崩して入院し、結局亡くなってしまいました。

 

ところでA男さんは亡くなる直前、病院に見舞いに来た姪のYにA男さん名義の預金通帳6冊とその印鑑を渡していました。なお、長女Cは姪のYより12歳も若かったのですが、A男さんが亡くなった6年後に病気で亡くなってしまいました。姪のYは銀行に対し、A男さんの財産管理を任されているとして預金の払い戻しを受け、A男さんの葬儀費用等を支払い、長女Cが生存中の病院等への支払いもしており、その後も何度も払い戻しを受け、その額は合計2332万円になっていました。

 

そこで、A男さんの相続人である孫のXは、姪Yに対し、「無権限でA男さんの預金を払い戻した」と主張して損害賠償を請求したのです。これに対して姪のYは、「A男さんから、『葬式のことや後の始末をお願いしたい。長女Cの世話もしてほしい。Yしか頼むものがいない。残った分はあげるから』と頼まれたと、A男さんの死後の事務処理を行うこと及び長女Cの世話を行うことを負担とする負担付き贈与契約があり、また同内容の事務処理を委託する旨の委任契約があった」と主張しており、対立しています。

原則、委任者又は受任者が死亡したら委任契約は終了

≪トラブル診断≫

亡くなった人の預金などを預かっていた者が、亡くなった人の相続人から預金通帳等の引き渡しを求められ、預かっていた間に預金から引き出された額の金銭の返還も求められることはよくあります。そして預金などを預かっていた人が、預金を引き出したのは亡くなった人に頼まれてやったことで勝手に引き出して私的に費消したのではないなどと主張して返還を求める相続人らと紛争になるケースもよく見られることです。

 

ところで委任契約は、委任者又は受任者が死亡したら終了するのが原則です(民法653条1号)。しかしながら、本件の姪Yの主張にもあった「死後の事務処理を委託する委任契約」というのは、委任者が受任者との間でした自己の死後の事務処理を含めた法律行為の委任契約のことで、委任者の死亡によって終了させない旨の合意を包含する趣旨の契約として有効です(最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決金融法務事情1358・55)。

 

姪Yの主張の第1点は、この死後の事務委任契約をA男さんとの間で結んでいたというものであり、この主張は、YがA男さんの葬儀を行ったり、長女Cの病院代等を支払っている事実などからも委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって行ったと認定される範囲で認められそうです(民法644条)。

 

しかしながら、姪Yの主張の第2点である「事務処理の負担を履行すれば残りの財産を贈与する旨の負担付き贈与があった」とする点は、書面による契約でもなく、A男さんのそのような意思を裏付ける証拠が見つからねば認められることはかなり困難ではないでしょうか。

本連載は、2016年8月1日刊行の書籍『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

栗坂 滿

エピック

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