今回は、自分で「延命措置」の有無を指定するための、事前指示書の活用方法について見ていきます。 ※本連載は、日本公証人連合会理事・栗坂滿氏の著書、『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』(エピック)の中から一部を抜粋し、成年後見制度等にまつわるトラブルとその予防・解決法を紹介します。

最終的な医療の選択肢は「本人」にある

[前回までのお話]

延命治療拒否の意思を任意後見人Bさんに伝えていたA子さん。A子さんの意識がなくなったとき、任意後見人のBさんは医師にA子さんの希望を伝えましたが、延命措置の打ち切りは認められませんでした。

 

≪トラブルを避けるためのワクチン接種≫

A子さんが延命措置拒否の希望を叶えたかったなら、自ら延命措置拒否の意思があることを紙に書いた上(文面は一般財団法人日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」(リビングウィル)を参考にされたらいいでしょう)、それを公証人に認証してもらえばよかったのです。

 

また、延命措置拒否の真摯な意思があることを公証人に話し、その事実実験を記載した尊厳死宣言公正証書を公証人に作成してもらうのでもよかったのです。何も将来の後見人に代行を頼まずとも、現在その意思を明確にして書類を作っておくことができたのです。

 

そして、その書面を任意後見人になってもらう予定のBさんや他の信頼できる者に預けておき、万一そのような状況に陥ったときは、その証書を医師に示して延命措置を差し控えたり打ち切ってもらえるよう手続きをとることを頼んでおけば済んだのです。

 

なお、尊厳死宣言については、公正証書によらずとも一般財団法人日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」等でも構いません。日本尊厳死協会では尊厳死の宣言書に本人が署名して協会に提出することで入会手続きをとり、宣言書は登録番号を付して協会が保管し、本人にはそのコピー2通を渡しているようです。要するに本人が心底延命措置を望まないと、意識が清明で判断力があるときに明確に意思決定しそれを表明している事実が明らかになる書面であればそれでよいのです。

 

このような尊厳死宣言を書面できちんと準備しておけば、必要が生じたとき、本人の意を受けた者が医師にこれを提示し、本人の希望に沿うような措置を行うことを要望すると、医師の理解が得られる限り本人の希望がかなえられることとなります。

 

日本尊厳死協会の調査によると、9割以上の医師が尊厳死宣言による本人の意思を尊重してくれる結果となっております。したがって数は少ないものの医師によっては、頑なにこの申し出を拒む者もいることも承知しておきましょう。それに、家族がある方は、その家族の理解と了解を得ておくことも必要です。家族が望まないのに医師が延命措置を控えることまでは期待できないからです。

 

なお、厚生労働省は、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」を公表しています。それによると、人生の最終段階における医療は、早期から患者の肉体的苦痛等を緩和することが十分行われた上で、治療方針の決定に際しては、患者の意思が確認できる場合は、患者と医療従事者とが十分な話合いを行い、患者が意思決定を行ってその合意内容を文書にまとめておくこと、患者の意思確認ができない場合は、家族が患者の意思を推定できるときには、その推定意思を尊重し、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とすることなどが示されています。

 

ここにも、人生の最終段階における医療の決定権がやはり患者本人にあることを前提に、その意思や推定意思を基本として行われるべきであることが現れています。確かに患者に正常な判断能力がある場合は、延命措置も含めた具体的な治療に関して適切で正確な情報を得た上で、その採られるべき治療・医療処置等の希望を持つ人も多いかと思われます。また、その人が拒否したいと考えている延命措置の具体的内容についても個々の人によって違いがあるかもしれません。

事前指示書で「希望する措置」について指示しておく

たとえば、「心肺蘇生術」や「人工的水分栄養補給」も延命治療といえますが、それも含めて拒否したいと考えている人もいれば、心肺蘇生術は行ってほしいなどと考える人もいるかと思います。

 

人工的水分栄養補給については、嚥下機能(飲み下す機能)が低下した患者等に施される措置ですが、「経鼻胃管」(鼻から管を入れて胃まで通すもの)と「胃ろう経管」(胃に直接チューブを入れるもの)とがあり、それぞれ短所、長所もありますが、正しい情報を得た上でこれを施すことを望むか、またどれを選択するかについて、人様々な考えがあると思われます。

 

東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野の箕岡真子さんは、その著書「医療のための事前指示書 私の四つのお願い」(株式会社ワールドプランニング)の中で事前指示書を作成することを勧めています。

 

その内容は、

 

①代理判断者の指名、

②望む医療処置・望まない医療処置について、

③あなたの残された人生を快適に過ごし、充実したものにするためにどのようなことをしてほしいか、

④あなたの大切な人々のために伝えたいこと

 

の四つからなっています。

 

そして、この事前指示書が有用な理由として、

 

①患者の自己決定権を尊重することになること、

②家族の心理的苦悩・感情的苦痛を軽減回避することができること、

③医療介護従事者の法的責任を回避できること、

④作成そのものが、患者、家族、医療関係者のコミュニケーションツールとしての役割を果たすこと、

 

を挙げています。

 

事前指示書は、このようにメリットも多く、前記厚生労働省のガイドラインに沿った注目すべきものと考えられます。そのため、公正証書で作成するか、公証人の認証*(「宣誓認証」が最適だと思います)を受けた書面で残し、任意後見契約等と連動させることが、本人の尊厳を図るだけでなく、」家族等の周囲の者や医療関係者の負担や責任を軽減させることにもつながり、極めて有意義なものとなるでしょう。

 

*認証ってなんですか?

認証とは、一般には、「一定の行為又は文書が正当な手続きの方式でなされたことを公の機関が証明すること」とされています。公証人が認証するのはもっぱら私署証書の認証であり、私署証書とは、作成者の署名又は記名押印のある私文書で、これについて文書が真正に成立したこと、すなわち文書が作成名義人の意思に基づいて作成されたことを証明するのです。

 

また私署証書の認証のうち「宣誓認証」とは、公証人が私署証書を認証する場合に当事者が、公証人の面前で証書の記載が真実であることを宣誓した上、証書に署名押印し、又は証書に既になされている署名押印について自らしたものであることを認めたときにその旨を記載して認証するものです(公証人法58条ノ2)。これにより、証書に記載している内容が真実、正確であることを作成者が表明した事実まで証明されることになります。

本連載は、2016年8月1日刊行の書籍『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

栗坂 滿

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