「延命治療拒否」の意思は遺言書に書いても意味がない
[前回のお話]
延命治療拒否の意思を任意後見人Bさんに伝えていたA子さん。A子さんの意識がなくなったとき、任意後見人のBさんは医師にA子さんの希望を伝えましたが、延命措置の打ち切りは認められませんでした。
≪トラブル診断≫
任意後見契約と遺言書作成を済ませば、これで何も心配することはないと思ってしまう方が少なくないようです。終活(老い仕度)する人は、自分のことは何でも自分で決めたいと考えておられる方であり、他人様にできるだけ迷惑を掛けたり、負担になるようなことを避けたいと考え、A子さんのように不必要な延命措置は拒否したいとの希望も持っておられる方も大勢いると思います。
そして、自分でそのような書面を書いて万一のために備えておられる人もおられるかもしれません。ただ、その書面が直ちに通用するかは別問題です。一番してはいけないことは、自筆で書いた遺言書に「延命のためだけの治療は一切しないでほしい」と書くことです。
なぜなら、その遺言書の内容が周りの人に知られるようになる時期は、通常遺言書を書いた人が亡くなった後のことで、死んだ後ではもはや延命治療も何もあり得ず、「時既に遅し」だからです。また、A子さんのように、任意後見契約を締結し、後見人になる方に延命措置拒否の希望を告げているだけでは効力の点で問題があります。
任意後見契約は、委任者が精神上の障害等により判断能力が不十分な状況になった場合に、自分の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を受任者に代わりにやってもらうために結ぶ契約であり、多くは、医療契約の締結や入院契約の締結についても代理権の範囲に含ませております。しかし、個々の治療行為についての同意権は任意後見人にはありません。
もし、治療を受ける患者本人の意識も判断能力も問題がなければ、医師は、患者に病気等の症状や治療行為の内容を説明します。患者本人は、その治療方法に納得できない場合は、その治療を行うことを拒否することもあり得るのです。いわゆるインフォームドコンセント(informedconsent「説明と同意」と和訳され、「納得診療」とも言い換えられることがありますが、医師は患者に病状や治療方針などを十分な情報を提供して説明し、その中で患者が治療を選択していく医療という意味です)は広く受け入れられています。
「医的侵襲行為」の同意権は本人にしかない
人体に傷を付けたり、生命の危険を伴う医療行為は医的侵襲(いてきしんしゅう)行為と呼ばれます。医的侵襲行為については本人の同意がなければ行うことはできません。この同意権は本人しか行えない一身専属権です。
もし、患者本人が医的侵襲行為につき同意権を行使できない状態にある場合、その患者の任意後見人が本人の代わりに同意権を行使できるかについては、ノーとしかいえません。任意後見契約で委任者が後見人に授権することができるのは、医療契約の締結についての代理権だけで、医的侵襲行為の同意権は授権することはできないのです。
ただ、医的侵襲行為の内でも医療契約に当然伴う軽微な医的侵襲行為、たとえば、触診、レントゲン検査、血液検査、一般的な投薬、解熱剤等の注射、骨折の治療、傷の縫合等の治療、検査については、任意後見人に療養看護に関する権限があることや、また医療契約締結の権限があり、医療契約の範囲を決め債務を確定する必要もあることから、同意権(同意の代行)が認められるとする見解が極めて有力ですが、重大な医的侵襲行為については、決定権者、決定権の根拠、決定権の限界などについて、社会一般のコンセンサスが得られているとはいえない現状の中で、任意後見契約中で諾否の権限を付与することは、消極に解さざるをえないとするのが法制審議会の結論です。
任意後見人が本人の代わりに延命措置拒否の意思表示を行えるかという問題も医的侵襲行為の同意権と同様の問題があり、そこまで任意後見人に決定権を与えることには、やはり社会一般のコンセンサスが得られているとはいえないことからノーと言わざるを得ません。
それではA子さんはどうしておいたらよかったでしょうか。次回、解説します。