(※写真はイメージです/PIXTA)

30年以上没交渉だった兄が、孤独死――。警察の連絡を受た弟は、状況に追われるまま葬儀や財産整理を「持ち出し」で行うが、亡き兄には、本来このすべてを引き受けるべき娘がいた。だが、ようやく連絡を取った姪の言動は驚くべきものだった。多数の相続問題の解決の実績を持つ司法書士の近藤崇氏が、実例をもとに、日本の孤独死の厳しい実情を解説する。

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    散々振り回され、費用を使い、置き場に困る遺骨まで…

    筆者は知人を介して紹介を受けたAさんとお会いしたのは、こうしたやり取りのあった数週間後だった。

     

    Aさんは困り果てた様子で、「善意で行ったことだし、疎遠だったとはいえ姪とこんなやり取りをしなくてはならないことが残念」ということを繰り返していた。

     

    勿論、会社員であるAさんに兄の死後の諸費用を50万円程負担したという経済的・金銭的な負担も大きい。しかし、散々振り回されたうえに、受け取りたくもない遺骨を自宅に置き続けなくてはならないことに、Aさんの奥様の含め、精神的に参っているようだった。

     

    弁護士や税理士の知人も同席していたが、なまじ結論が分かっているだけにAさんに気休めの言葉も掛けられない。せめてお骨は永代供養などを引き受ける寺院はいくらでもあるので、そのような提案しかできない。

     

    葬儀費用は誰が負担する問題は、相続業務を行っている士業の方なら、しばしば直面する問題ではないだろうか。

    法的判断と、昨今の遺族の実情に「著しい乖離」あり

    結論から言うと、あまり判例がないのが現状で、唯一といえるような判断を示した判例は
    名古屋高等裁判所(平成24年3月29日付)の判決で下記のような見解を示している。

     

    判例はほかの論点も含んでいるが、葬儀費用の点のみをざっくりと要約すると、以下のようなものだ。

     

    ●被相続人(亡くなった人)が予め葬儀の契約をしていない限り、死者は契約できないので あくまでも葬儀は「喪主」が葬儀社等と契約するもの。だから「特段の事情」がない限り、葬儀費用は「喪主が負担するもの」だ。

     

    ●埋葬などについては「祭祀継承者」が行うべきだが、親子が疎遠などの事情があれば、子どだからといって必ずしも祭祀継承者になるとは限らない。祭祀継承者が明らかでない場合は、民法897条に従い家庭裁判所に申立てをすべき。

     

    という内容だ。興味のある方は判決全文をぜひ読んで頂きたい。

     

    確かに葬儀も、結婚式と同じ一種の催しもの・セレモニーと考えるのならば、結婚式では当事者(夫婦)がその費用を負担し、その費用の一部を「ご祝儀」でまかなうのが通常だ。葬儀で言えば主催者は「喪主」、ご祝儀は「香典」に置き換えて考えれば、一理ないとも言えない。実際、上記の判例では葬儀費用として180万円以上を支出している。普通に考えれば、葬儀の参列者も多数おり、香典なども多く寄せられたのではないかと想像できる。

     

    ただ昨今、増えているような「直葬」「火葬式」「家族葬」などというような、いわゆる小規模な葬儀では参列者も少なく、香典などもそう多くはない、もしくは殆どないに等しいだろう。こうした葬儀はコロナ禍の元でますます増加しているだろう。ましてやこのケースのように、自宅で独居で亡くなったような方で、大規模な葬儀を行うケースなど極めて稀なことは容易に想像できる。

     

    死者は契約を行うことができないので、法律的に考えれば上記は整合性のある内容でもある。しかし他方、税務(相続税)の世界では、「一定の相続人および包括受遺者が負担した葬式費用を遺産総額から差し引く」ことができるので、余計に勘違いされる方も多いと思う(「国税庁ウェブサイト」No.4129 相続財産から控除できる葬式費用)。

     

    ただ一般的な感覚では、葬儀費用の負担については、こちらの税務での考え方のが近いのではないだろうか。

     

    今回のケースのように、親族が亡くなり、善意で引き受けた者が費用すら回収できない「泣き寝入り」状態になるのは、通常の感覚としては違和感が残ると言わざるを得ない。

     

    行政としても生活保護受給者ならばともかく、一定額の相続財産がある場合は遺族が葬儀代を負担するのが当然というスタンスを取っているため、葬儀費用については健康保険などから支給される火葬費用などの一部に対しての金銭補助(横浜市ならば5万円)程度しかがないのが実情だ。行政が税金から火葬費用などを負担してくれるわけではない。

     

    また日本人の心情として、どんなに迷惑を掛けられた親族などでも、せめて死後の世話くらいは出来る範囲でしてあげたい、と思う人が多いのも事実だろう。なかなか「相続財産はすべて貰う。葬儀代は支払わない。遺骨は捨ててくれ」とまでドライな対応をできる人も珍しいと言える。

     

    もちろん今後、誰かが訴訟を提起し、前記を覆す判例を裁判所に示してもらえればいいのだが、50万円程度の葬儀費用のために、弁護士費用をかけて高裁や最高裁まで訴訟をする方が現れる可能性は低いのかもしれない。おそらく祭祀継承者の指定を求める家庭裁判所に申立ても、実務では殆ど使われていないだろう。申立ての手間に対して、得られる効果が少ないからだろう。

     

    私のような一士業でも、これまでに数回は類似の事例を経験しているので、おそらく読者の方の中にも似たような例を体験した方もいらっしゃるのではないか。仮に法定相続人同士のケースでも、連絡の取れない相続人がいたり、遺産分割協議がまとまらないようなケースでは、とりあえず誰か1人が葬儀費用を負担しなくてはいけない場合も多い。その場合も、今回と同じようなディレンマに陥るケースがある。

     

    出生率は低いまま、かつ未婚率は上昇し、単身世帯が増える一方の日本で、今後こうした孤独死などは増加することは火を見るよりも明らかな状況だ。そんな中、「親族でも遺体は引き取ったら損」のようなケースが増えてしまうのは、社会全体にとっても効率的なこととは言えないだろう。

     

    個人的な見解としては、相続財産を負担する者が連帯して、葬儀費用も埋葬費用も負担するとした方が、財産の大小に関わらず実際の感覚に近いと思うが、読者の方はどのような印象を持たれただろうか。


     

    ※相談者のプライバシーを守るため、一部実際の内容から改変している部分があります。
     

     

    近藤 崇
    司法書士法人近藤事務所 代表司法書士

     

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